「馬ごとにこはきものなり。人の力の争ふベからずと知るべし。乗る馬をば、先ずよく見て、強き所・弱き所を知るべし。次に、轡・鞍の具に危きことやあると見て、心に懸かる事あらば、その馬を馳すべからず。この用意を忘れざるを馬乗りとは申すなり。これ、秘蔵の事なり」。『徒然草』の第186段に、吉田という馬乗りが言ったこととして、こう書かれている。
自転車も、クロスバイク、ロードバイクやマウンテンバイクなどといろいろな種類のものに乗っていると、その自転車ごとに、手ごわいものである。馬は人の力で争っても及ばないものと知れとあるが、自転車も侮ってはいけない。自転車は機械なので、人間の力の及ばない仕事をしてくれる。それには危険も伴う。まずは、よく見て、どんな特徴のある自転車なのかを知るべきだろう。
次には、轡・鞍ではないが、乗車のポジションやサドルの位置、ブレーキの効き具合や変速機の調子などに危ないと思うところがないか確認することも馬と同じである。ちょっとでも、気になるところがあれば、その自転車に乗って走ってはいけない。この用心を忘れない人が、本当の自転車乗りというものである。「これ秘蔵の事なり」。自転車に乗るときの大事な秘訣なのである。
兼好さんの時代に自転車があれば、馬乗りと言わず、自転車乗りの秘蔵の事を書いたかもしれない。
少し前になるが、朝日新聞に、「点検 自転車人気 乗る前に」「低い整備意識 故障・不具合で大けが」という見出しの記事が掲載されていた。
「コロナ禍でニーズが高まる自転車について、大半の人が点検や整備をする習慣がないとの調査結果が公表された」「au損害保険が(略)公表したアンケートによると、乗車前点検について『ほとんどしない』『全くしない』と回答したのが合わせて86.9%」「故障や不具合が原因の事故に遭ったり遭いそうになったりした人も19.5%いた」とある。
記事の後半では自転車保険にふれ、加入を勧めている。乗り慣れている油断から、思いがけない事故が起きる。よく見て、強き所・弱き所を知り、危ないと思ったら乗らないで点検することをこの記事でも取り上げている。
今年は、自転車の年間走行距離が1万㎞を超えた。毎日休まず27㎞走らないと1万㎞にはならない。多少の膝の痛みがあったが、幸い大きなトラブルはなかった。自分の自転車をよく見て、ブレーキの効き具合、タイヤの空気圧や変速機の調子を確かめ、異音が出ていることはないかと心に懸けて、体調とも相談しながら走っていることが功を奏していると思っている。
自転車に乗るのに、杖をつくわけにもいかないが、転ばぬ先に杖を準備しておくくらい「用意を忘れざる」自転車乗りを心がけ、さて、来年も今年のペースで乗れるかどうか。
師走の空に下に 自転車をおく 今年は1万㎞も走った |
時間に置き去りにされたものと 時間を追いつづけているものと |
自転車には自転車の 時間が流れている |
道が突然閉じられていたり |
道はそれでもその先へつづいていたり |
目を凝らして 用意を忘れなければ 秘蔵のことが見えてくる |