冬をむかえる

冬をむかえる
'20.12.22 愛知県海部郡飛島村梅之郷 日光川排水機場付近にて撮影

2022年5月28日土曜日

椿神社まで

  今年になって、すでに5回椿神社まで走った。「伊勢国一の宮 猿田彦大本宮 椿つばき大神社おおみかみやしろが正式名称。「伊勢国鈴鹿山系の中央麓に鎮座する」と神社の公式案内書にある。

 神社へ詣でるのが目的ではない。我が家からルートを変えながら辿る片道30㎞程の道のりは、ゆっくり一日かけて寄り道をしながら走るのにちょうど良い。朝早く走り始め、少し急げば遅い昼には家にもどれる距離でもある。

 家を出て、通行量の少ない田んぼの中の道を選び、菰野町の庁舎を目指す。途中、巡見街道や八風道など、古い街道を走ることもできる。常夜灯や石の道標から、古い街道筋の気配が感じ取れる。『みえの歴史街道』というWebサイトに、三重県内の主だった街道が紹介されている。サイトの地図で確認しなくても、走っていれば古い街道の匂いがする。

 菰野町を起点に、椿神社まではその日の気分と乗っている自転車の種類でルートを選ぶ。マウンテンバイクに乗っているときには山側の道を行くのが面白い。近鉄湯の山線の終点、湯の山温泉駅から林道湯森谷線と林道雲母きららヶ峰線の分岐点を目指す。

 ここからは、東海自然歩道を水沢町へと抜ける。杉の木立の中を走り、途中舗装の切れた坂道を登る。アップダウンの多いコースを走り切るともみじ谷に出る。茶畑の中を内部川沿いに水沢本町まで下ると、椿神社は目前だ。

ロードバイクやクロスバイクのときには、山の中のルートを避けたい。菰野の街を出はずれて、国道306号線沿いにある廣幡神社から金渓(かなたに)川を上り、巡礼道を辿る。急な坂を登るときらら湖が光る水を湛えている。一息ついてさらに急坂を登る。鈴鹿山麓リサーチパークの山の中には似つかわしくない研究棟が姿を現す。ここから見る伊勢湾は絶景である。これまで登って蓄えた位置エネルギーを使って、山側ルートと同じように水沢町へ下る。

 菰野町から水沢町へは、巡見街道をなぞるように整備された国道306号線を走るのもよい。この道は並行するミルクロードよりも側道が広く自転車は走りやすい。自動車が走ることしか想定されていないのか、1㎞以上あると思われる直線の急坂に遭遇する。何度も来るとこの激坂を攻略するのも楽しみになる。

 どのルートを辿っても、県道四日市関線に合流し、新名神高速道路の鈴鹿パーキングエリア付近で高速道路をくぐると、椿神社の社殿はすぐそこである。

 椿神社は標高220mに位置している。アップダウンを繰り返すので、走行状況を記録するスマホのアプリによると、獲得標高は500mになる。朝早くに家を出て、お昼には間がある時刻に到着したとしても、どうしようもない空腹感に苛まれる。参拝が目的ではないので、形ばかりのお詣りを済ませると、門前の椿会館で食事をすると決めている。自転車で出かけるときの食事は奢らない。この会館の550円のカレーライスが定番である。


今日はどこに行こうか
決めかねたら自転車にまかせる

長い坂道を登ったり
坂道はさけてみたり

山を越えたり

山の中を走り抜けたり

湖に出迎えられて
眺望を楽しんだり

季節も私も変わっていくので
何度来ても同じ場所なんてない

おまけにおいしいものにありつけたら
きょうも儲かった気がするではないか



















2022年5月21日土曜日

風のささやき

 俳句の季語では、東風(こち)が吹き、春一番が来て、風は光りはじめ、やがて薫る。自転車乗りには最高の季節だ。青葉風、若葉風それに緑風。風のささやきが聞こえる。

 『風のささやきといえば、スティーブ・マックィーン主演、ノーマン・ジェイソン監督の映画『華麗なる賭け(The Thomas Crown Affair)』の主題歌である。原題は『The Windmills Of Your Mind 』。作曲はミシェル・ルグラン、作詞はアラン・バーグマン、マリリン・バーグマン夫妻。この曲はアカデミー賞主題歌賞を受賞している。映画ではマックィーン演ずるトマス・クラウンがグライダーで空を翔けるシーンでこの曲が流れる。

 『風のささやき』の歌詞を自己流に意訳してみる。

渦を巻く輪のように\まわる車輪のように\始まりもなく終わりもない\まわり続ける糸車\山から転がり落ちる雪の玉\カーニバルの風船\まわる回転木馬\月にかかる暈(かさ)\文字盤をまわりながら時を刻む時計の針\世界は宇宙を巡る静かなリンゴ\あなたの心の風車もそうやってまわる (もともとのフランス語の歌詞では[私の風車])

 自転車の世界にも通じる歌詞である。映画のシーンを観ると、曲名が「風のささやき」と訳されたのがよく判る。

 映画のストーリーはというと、大富豪トマス・クラウンが趣味のようにして銀行強盗の完全犯罪を目論む。その犯罪を追うフェイ・ダナウェイが演じる保険会社の調査員との攻防に恋の駆け引きも絡む。

 クラウン氏の趣味は、チェス、ゴルフから、ポロにグライダー。別荘ではサンドバギーを乗り回し、普段使いの車はロールス・ロイスのシルバーシャドー。ショーファードリブンではなく、自ら運転する。大富豪の趣味に自転車がないのが残念だ。マックィーンの個人的な趣味のオートバイも顔を出さない。富豪に自転車やオートバイは似合わないのだろう。

 映画製作の裏話だが、主役のマックィーンはこの役柄がどうしても演じたかったらしい。自らの生い立ちの中で、感化院に入院させられた経験もある彼は、大金持ちの紳士が憧れだったのかもしれない。そういえば、他の主演作品では、囚われの身から逃げ出す映画が多い。『大脱走』、『ゲット・アウェイ』それに『パピヨン』など、どれも、脱出や脱獄が絡んでいるが、この作品は少し趣が違っている。

 『風のささやき』というあいみょんの楽曲があるが、これは題名が同じでも全くの別物。1999年にピアース・ブロスナン主演でリメイクされた映画『The Thomas Crown Affair』も全く別物のようで、オリジナルには遠く及ばない。

 大富豪の聞く風のささやきは、マックィーン演じるトマス・クラウン氏にお任せしておいて、ささやかな年金生活者の私は私流に、自転車に乗りながら、五月晴れの風のささやきに耳を傾けることにしよう。

山の音
森の声
麦のざわめき
風のささやき

真っ新の田んぼを
吹きわたる
真っ新の風

風に吹かれて
風に押されて

新芽若葉青葉
本日緑色の風

風薫る私が私を映している

やがて風は
夕暮れの方角から
吹き始める



 

2022年5月14日土曜日

二輪の力

  爽やかな季節をむかえ、吹く風が軽くなった。寒い風は重く、行く手をはばむ。爽やかな風は向かい風でも心地がよい。つい遠出がしたくなる。関ヶ原まで行ったことを書いたが、自転車日和に出かければ、片道50㎞くらいは案外簡単に走れてしまう。

 関ヶ原の古戦場に着き、ホッと一服、紫煙をくゆらせる。こんなときにいつも決まって思うことがある。新しい場所を訪れて、そこに停めた自転車を眺めていると、こんなものでよくぞここまで来たものだ思うのである。

 通り慣れた道を走っているときにはそれほどでもない。遠出をして、行き着いたところで自転車を眺めていると、何とも心細い乗り物だとつくづく思う。華奢なフレームに細いタイヤ、軽量であることに越したことはないが、遠出に使うロードバイクは、総重量わずか10㎏ほどの重さである。タイヤの幅は23㎜。これで60㎏ちかい自分の体重とわずかではあるが携行品をここまで運んできたのかと思うと、信じがたい気がする。よくぞここまでと思うのは、自分の脚力もさることながら、自転車の頼りなげなたたずまいによるものだ。

 行ってしまえば、帰りも同じだけの距離を帰らなければならない。この細い車体とタイヤは、帰り道も同じように私を運んでくれるか。自分の体力よりも自転車のことが心もとない。

 オートバイで遠出をしたころにも、同じようなことをよく思った。走行距離の感覚は少し異なる。オートバイならば、日帰りのツーリングでも片道150㎞ほどを走る。今日はここまでと決めたところで、休憩をしているときに、フレームやタイヤを眺めるのは、その頃からの自分の癖らしい。自転車とは比較にならないほど頑丈ではあるが、それでも、よくぞこんなものでここまで来られたものだという思いは同じだった。それが自転車となると、その思いが強いのは至極もっともである。

 自動車のように、屋根付きで、よく身体にフィットするように考えられた椅子に座って移動するのとはわけが違う。爽やかとはいえ、風を切って、陽の光にさらされながら走るのはそれだけで体力を消耗する。縦に一列に並ぶ二つの車輪は、意識はしていなくても、走りつづけ御しつづけていないと転倒する。自動車のように車にお任せという時間はない。

 友人たちと遠出をするときは、1台の自動車に乗れば、走っている間も会話を楽しめる。通り過ぎる景色も一緒に眺められる。雨風の心配もない。オートバイや自転車に乗って、わざわざ別々に走ることもなさそうなものだ。

 なのに、この心細い乗り物で、また、遠くへ行く機会をうかがっているのは、二輪の力に魅力があるからに違いない。体力をつけるとか健康の保持というのではない。走るのが面白いのだ。難儀をしてもそれも楽しみ。二輪で走る乗り物を手放すわけにはいかない。

自転車を停めて思う
よくぞここまで来たものだ

そして、もう、次の行き先を探している

何かに誘われるように
何かを誘うように

二つの輪が光りながら
山を越えていく

二輪の力で走る
がんばれ自転車



2022年5月7日土曜日

関ヶ原まで

 先週、関ヶ原まで行った。朝8時に家を出た。我が家からスタートすると、多度から養老鉄道沿いに走り、養老からさらに北へ上るコースと、北勢線に沿って阿下喜まで行き、国道365号線で藤原をぬけて岐阜県に入り、多良峡を越えるコースがある。

 この日は、関ヶ原まで行くと決めて家を出たわけではない。自転車日和なので、新緑を求めて遠出をしてみようと漠然と考えながら走り始めた。阿下喜方面へ向かい、調子を見ながら藤原岳を回り込むように国道365号線を走る。大型のトラックが多いので、国道に沿った脇道に点在する集落を縫って走る。

 幹線道路の横には大概集落の間を通る旧道や生活道路がある。長距離トラックや先を急ぐ車が少ないので、自転車にちょうど良い。時には、集落の中に迷い込んでしまったり、思わぬ景観に出会って足止めをくったりすることがある。それもまた楽しい。

 藤原町古田のあたりは、巡見街道という古い街道が残っている。365号線から外れて、巡見街道をしばらく走る。江戸時代に巡見使が通った街道で、東海道亀山宿から北勢地域をショートカットし、関ヶ原で中山道に通じる街道である。この街道を走ろうと意図したわけではないが、図らずも関ヶ原までは巡見街道に沿って行くことになる。

 このルートで標高の最も高いと思われる辺りに明行寺、長楽寺という2ケ寺がある。標高250m。但し、250mを登りつづけたわけではなく、道は上ったり下ったりするので、家を出てからここまでに獲得標高は400mほどになっているはずである。

 岐阜県へ県境を越えると、国道365号線は「牧田川やまざくら街道」と呼ばれる。県境からしばらく走ると上石津トンネルに至る。長さ1.8kmの長いトンネルを抜けると上石津町牧田までは近いが、トンネルの中は空気が悪い。迂回して牧田川沿いに多良峡へ登ることにする。新緑がまぶしい。山桜の咲くころにはさぞやと思われる。

 多良峡を越えると道は再びやまざくら街道にもどり、牧田で「薩摩カイコウズ街道」に合流する。この道は大型トラックが多いので、並行する「九里半街道」を関ヶ原まで走る。関ヶ原までだらだらと登り坂が続くのはきついが、街道の両側に点在する旧家の佇まいや庭木の新芽が楽しませてくれる。

 走りぬける街道の名前を楽しみ、沿道の新緑を満喫しながら、古戦場に着き、開戦の地や決戦地を巡る。合戦の跡を訪ね、JR関ヶ原駅に戻ったのは1130分、走行距離はちょうど45㎞に達した。途中、休憩を取りながら3時間半ほど走ったことになる。

 単純計算では、このまま家に帰ると走行距離が90㎞弱にしかならない。妙なこだわりで100㎞は走っておきたい。ならば、旧中山道を埀井宿まで走り、大垣から養老を経由して距離を稼いで帰ろうと、駅前でアンパンをかじりながらにわかに思いついた。


私がどこから来て
私がどこへ行くのか
私にだってわからない

この道を行けば
いいのかなんて
私にだってわからない

出会いは往ったり来たりする
待ってなくても出会ったり
待っているのに出会えなかったり

ここにいるぞと旗を立てても
誰も気づいてくれないときもある

ここにいたぞと石を立てておけば
誰かが訪ねてくれることもある

これより先に道があれば
これより先へ進んでみる