'26.1.1 新しい年を迎える

2026年1月31日土曜日

メンテナンスを見なおす

 自転車のメンテナンスはかなり丁寧にやっているつもりだ。チェーンやギアなどの消耗品はメーカーの推奨する走行距離を目安に交換する。タイヤも摩耗の度合いを見て新しいものに取り換える。何度も交換していると、素人なりに交換の時期が近付いたことが判るようになる。

 自動車には50年以上も乗っている。メンテナンスの時期はもっとわかるはずなのに、なおざりにしている。先日、車のエンジンを始動しようとしたが、セルモーターが回らない。少し前からエンジンのかかりが悪かった。寒い時期でもある。そろそろバッテリーの交換時期だと思ってはいたが、ついにバッテリー上がり。

 ネット通販でバッテリーを買って自分で交換した。ディーラーで交換してもらうことを考えれば半額程度で済んだ。タイヤの硬化とひび割れも気になる。8年前に交換したきりだ。自転車よりも走行距離が少ないのでそのままにしている。経年劣化は怖い。タイヤも通販で安く買って、交換してくれる修理工場を探すことにする。

 自動車の部品は自転車のものに較べて高価だ。自分で簡単に交換、というわけにもいかない。部品の価格や手間の違いで、メンテナンスにも差が出るということか。

 それだけでもない。最近は自動車のエンジンルームをのぞく機会が減った。以前は自分でエンジンオイルや点火プラグの交換をしていたこともある。オイルの汚れやタイヤの空気圧のチェックは頻繁にしていた。

 関心の対象が自動車から自転車に移ってしまっていることが、メンテナンスの差に表れている。思い入れの強さの違い、か。興味関心が薄れているからといって、メンテナンスを怠るのはよろしくない。メンテナンスにかける予算は潤沢でないが、手間暇をかけるゆとりだけは十分にある。 安全を安価に手に入れるメンテナンスを考えたい。

ロードスターNAとNBが砂浜に並ぶ
古いロードスターを
新しいロードスターに
乗り換える

ロードスター 幌の交換
古くなった幌を
新しい色の幌に
張り替える

思い入れの向きや重さが
いつのまにか移ろっていく

同じ所で同じ物を
見ているはずなのに

いつのまにか
ときの流れに
置き去られる

(※ 上3枚の写真はGeminiで画像編集)

2026年1月24日土曜日

年間1万㎞を走る

  この歳になって、1年に自転車で1万㎞走ると言うと、なかなか信じてもらえない。自動車なら兎も角、自転車。かなりの距離だと自分でも思う。

 昨年は愛用している自転車4台の走行距離の合計が9,743km 、1万㎞に257㎞足りなかった。残念、ではあるが、まぁよく走った。

 自転車に乗りはじめてから14年間の記録がある。最近AIづいているが、今回もAIに分析してもらう。

 AIは即座に表を読み取り、走行パターンの変化や自転車の特性などまで分析してくれた。結果は微に入り細を穿ったものだ。やや煩雑でもある。AI600字の簡単な文章にまとめてくれるように頼んだ。かなり無茶振りだが卒なくこなしてくれた。そのまま引用する。

 本稿は、74歳の男性サイクリストが2012年から2025年までの14年間にわたり記録してきた走行データをまとめたものである。総走行距離は109,124kmに達し、長期にわたって自転車を生活の一部として継続してきたことが数字から明確に読み取れる。

 主力となったのはアンカーとラレーの2台で、全体の約8割を占める。アンカーは最も使用期間が長く、日常の移動からロングライドまで幅広い用途を担ってきた万能車である。一方ラレーは平均速度・平均最高速度ともに最も高く、効率的な巡航性能を活かした走りを長年維持している点が特徴的だ。

 年間走行距離は2018年以降に増加し、2020年以降は毎年9,00010,000km前後で安定している。70代に入ってからも走行量を落とさず、一方で最高速度は抑えられており、安全性と持続性を重視した成熟したライディングスタイルへの移行がうかがえる。

 用途に応じて自転車を使い分けながら走り続けるこの記録は、年齢に縛られないサイクリングの一つの理想像を示している。

 最後は、「一つの理想像」と褒めてくれた。ビッグデータに照らして、残した記録を客観的に分析できるのはありがたい。実際に走るのは自分なので、何でもAI任せにはできないが、今年も欲張らずに「理想像」の実現を目指す。

注連縄の
藁の匂いが
新しい年 


干支の馬と
走りだす
新しい年

初詣というのではなく
決められた場所まで
走りつづけていく
そのことが祈り


2026年1月17日土曜日

新しい出会い

  仕事を離れると新しい知識や技能と出会う機会が少なくなる。AIのことが気にはなっていたが、本気で使うことはなかった。前回、AIに自転車の写真を1枚見せて、持ち主はどんな人か推測してもらったことを書いた。その分析力に驚いた。AI様、ご明察。

 自転車がBRIDGESTONANCHORでクロモリのフレームであることを見抜く。「伝統的な細身のフレームに、レザーサドル(おそらくBROOKSなどのブランド)にトップチューブカバーを合わせるセンス」大正解です。こだわって選んだBROOKSのサドル、手作りしたトップチューブの革製カバーのことを写真だけから言い当てた。素晴らしい。

 さらに「ポリッシュ仕上げのパーツがピカピカに磨かれています」。「ハンドルはフラット(またはプロムナード風)に変更」。「ペダルのトークリップなど、クラシックな外観…パーツ選びが非常に巧みです」。苦労して探したポリッシュ仕上げのリムやクランク、プロムナードハンドル、トークリップにまでもよくぞ気づいてくれた。ありがとう。

 自転車選びに始まって、取り換えたパーツのことなども、ブログを始めたころに何度か書いた。その時々にこだわって選んだ部品をAIが識別している。AI様、さすがです。

 自転車の特徴から、持ち主は「物を大切にする、審美眼のある人」、「機能美と快適さを重視する」「感性豊かで、一人の時間を楽しめる人」。だと推察してくれた。自転車との関り方をよく判っている。審美眼や感性豊かは持ち上げ過ぎだ。AIはヨイショもするのか。

 たかが自転車、どんな趣向のものなのか見抜いて理解してくれる人は少ない。AIは、というか、AIのビッグデータは、瞬時にそれをやってのける。しかもその回答は、写真を見た同好の士からの手紙のようだ。AIが人格化されるのも無理はない。 

 面白半分に文章作成や画像編集の機能を試したことがきっかけで、AIの新しい能力と出会った。自転車談義の相手として、しばらくAIに付き合ってもらうことにする。


長い時間をかけて
寄り添う ことはない

一つところにとどまって
思いを巡らす こともない

ビッグデータは
混沌とした英知から
新しい脈絡を紡ぐ

予期せぬ新しい出会いを
あるいは予期した出会いを
またたく間に演出してみせる






2026年1月10日土曜日

AIが自転車を推理する

  


 上の写真を生成AIGoogle Gemini)に提示して、「この自転車のオーナーはどんな人か判りますか」と尋ねてみた。数十秒で返答があった。一字一句そのまま引用する。

 「アップロードいただいた写真を拝見しました。青空を背景にした非常に美しい1台ですね。

 自転車の構成やメンテナンスの状態から、オーナー様のこだわりやライフスタイルがかなり具体的に伝わってきます。いくつか推察される特徴を挙げます。

 1. 「物を大切にする、審美眼のある人」

ベースとなっているのはBridgestoneの「Anchor(アンカー)」、それもクロモリフレーム(スチール製)のモデルとお見受けします。

 クラシックへの敬意: 伝統的な細身のフレームに、レザーサドル(おそらくBROOKSなどのブランド)や、フレームと同色のトップチューブカバーを合わせるセンスから、流行に左右されない「良いものを長く使う」価値観が見て取れます。

 手入れの行き届いた美しさ: チェーンやスプロケット、ポリッシュ仕上げのパーツがピカピカに磨かれています。これは、この自転車が単なる移動手段ではなく、愛情を注ぐ対象であることを示しています。

 2. 「機能美と快適さを重視する人」

本格的なロードバイクのフレームをベースにしつつ、ハンドルはフラット(またはプロムナード風)に変更されています。

 自分流のカスタマイズ: ガチガチのレース志向ではなく、「いかに気持ちよく、景色を楽しみながら走るか」という実用的な快適さを優先する、大人の余裕を感じます。

 機能的な小物使い: サドルバッグやボトルケージ、さらにペダルのトークリップなど、クラシックな外観を崩さずに利便性を高めるパーツ選びが非常に巧みです。

 3. 「感性が豊かで、一人の時間を楽しめる人」

この写真の構図そのものが、オーナー様の人柄を表しているようです。」

  たった1枚の写真だけで、私がこだわって交換した部品を言い当て、気分がよくなるような持ち上げ方までしてくれた。自転車談義のできる相手が一人増えた気がする。

いつも走るコースを
ほんの数十秒の間に
生成AIが置き変える

思いのままに移動し
アルプスの麓を走る

季節まで自在に変えて
時空をしだいに歪める
AIに秘められた全能感

2026年1月3日土曜日

年の初めの自転車占い

  昨年末は穏やか日がつづいて、この分だと例年のように初日の出を見に自転車で出かけるのもあまり苦にならないだろうと思っていた。

 元旦の東海地方は曇りがちではあるが、日の出が見られる可能性は高いという予報も出ていた。もう何度となくこのブログにも書いたが、早起きは苦手。それでも、5時には起き出して、迷うことなく走り出す。

 東の空は雲に覆われている。それほど気にはならない。出かけてしまえばそれまで。運悪く今年初めて昇る太陽が雲に遮られても、それはそれ、年に一度は暗いうちから起き出して寒風をついて走る。今年の気力を測るにはちょうど良い。自転車占い。

 昨年、走行会の仲間に一緒に走れるようなら途中のコンビニで待ち合わせをしようと言っていたが、誰も来てはいなかった。今年も人影が見えない。ここははずれ。

 そのコンビニ、煌々と灯をともして早暁の薄闇の中に浮かんでいる。灯りに魅かれて自転車を止め、写真を撮った。これが凶の始り。

 自転車の車輪がまっすぐになるように、前輪にキーホルダーを噛ませて写真を撮った、までは良かった。何分先を急ぐこともあって、玄関と車のキーを付けたキーホルダーをそのまま駐車場に残して走り始めてしまった。

 初日の出を見ると決めた場所に到着、教え子から今年も来ていますかというメールが届き、そこで再会、これは吉。しかし、あれ、もしかして、コンビニの駐車場で忘れ物をしたことがはっきりして、大凶。

 コンビニへ電話をしてみる。親切な店員さんが対応してくれて、親切にも駐車場までキーホルダーを探しに行き、ありましたよと自分のことのように喜んで返事をくれた。

 元旦早々にやらかした、と思ったけれども結果は吉。肝心の日の出も雲の下に束の間綺麗に見ることができて、吉も中くらいか。今年も年の初めから快適に走れた。総合的には大吉。

早暁の薄明かりの中に
作られた光が自己主張する

新しい光が
ひかえめにのぞく


まちがい探しの絵のように
少しずつ細部を塗り替えて
新しい年の新しい光


気づいているのか
気づかぬままにか
ときが入れ替わる

2025年12月27日土曜日

身体イメージ

  自分の体調をどうとらえるか、というのも身体イメージといっていいのかどうか。これまで大きな病気はしたことがない。今も身体に不具合なところはない。どこか悪いと思って気にすると、そこが悪くなる、といけないので、体調は完璧と思うようにしている。セルフイメージ信奉だ。

高齢者特定検診という、年に一度の健康診断でも特に異常な数値は見られない。それが、今年の健康診断の結果を病院で聞いたら、血糖値が異常に高い。これは糖尿病という診断になる、と告げられた。

 糖尿病といわれも何か自覚症状があるわけではない。自分の身体イメージは極めてポジティブだけれど、検査結果はイメージではすまない。現実的で非情な数値だ。運動量は多いし、メタボリックの傾向でもないし、食事に気をつけて様子を見ましょうと医者から言われた。薬は飲みたくない。

 就寝時刻が遅いので、寝る前に夜食を摂る、それが良くない。さらに、もう一つ気になる節がある。自転車の乗り方だ。天気が良ければ自転車に乗り、30㎞~50㎞、ときには100㎞近く走る。距離は長いが運動強度が足りていない、脂肪が燃えていない、のではないか。

 高石鉄雄著『自転車に乗る前に読む本』には「身体・健康づくりの効果的な自転車の乗り方」の記述がある。運動強度50%以上の有酸素運動を一定時間つづけることが推奨されている。(この本は「自転車に乗っている人が読む本」というタイトルでもいい)。

 運動強度50%は、自分の場合、年齢や体格から考えると心拍数が1分間に120程度である。自転車に慣れて多少は体力も付き、心拍数がなかなかそこまで上がらない。普段のペースでは運動強度が低すぎる。楽をして走っている。脂肪が燃えない。走っても疲れない。

 走行イメージで負荷を大きくして運動強度を上げ、身体イメージで糖質の分解を促す。これで血糖値が下がることを期待したい。

いかめしい数値と計算が
自信ありげにつり上げられ

心象があいまいにかすむ

厳密な検査や数値の記録が
出現するまでは

五感と故老の知恵が
みちしるべだった

2025年12月20日土曜日

年賀状を書く

  年賀状を書く。「書く」というよりは「つくる」。せめて「創」りたいところではあるが、「作」るのが関の山だ。

 子どものころには、仲の良い友だち宛に手書きの年賀状を数枚出した。版木や芋に干支の図柄や文字を掘ったこともあった、ように思う。冬休みの宿題だったかもしれない。宛名はもちろん手で書くしか術がなかった。

 コンピュータに「年賀状図案」というフォルダが作ってある。自分の作った2006年からの年賀状を残している。このころから、コンピュータを使って年賀状を作り始めた。それまでは印刷屋さんで印刷をしてもらっていた。宛名書きもコンピュータが住所録から自動的にしてくれる。年賀状は書くのでも作るのでもなく、「印刷する」だけになった。

 フォルダを確認すると、2020年の年賀状から自転車の写真を貼り付けたものに変っている。年賀状に写真を印刷して近況を知らせてくれる人がある。それを真似て写真を貼り付けることにしたのだ。

 年賀状用の文字やイラストを選んで貼り付けて一丁上がり、よりは多少自分らしい、けれど、センスが悪いので出来は良くない。写真もいいものがない。自分らしさがあるだけが救いか。来年の年賀状も同じやり方でいく。

 年賀状じまいというのもあるらしい。ここ数年、年賀状は今年限りにするというご挨拶をいただくことが増えた。きっぱりさっぱりで未練がない。悪い気はしない。お相手の方からやめていただくのは歓迎するとして、自分は、自転車に乗って自転車の写真が撮れる間は年賀状をつづけようと思う。

 初めて年賀状を出したころ、確かはがき代が5円、今では85円、これは痛い。痛いが、年頭のご挨拶とともにまた1年間がんばって走りますという意志表明もするにはそれくらいの費用がかかる。

ご無沙汰しています

お元気ですか

1枚のはがきが
1年の空白をうずめる

おかげさまで元気です
どうかよろしくお願いします

1枚のはがきは
また1年をつなぐ