’26.5.8 一期は夢よ

2026年10月31日土曜日

守るも攻めるも

  少し前に遠出をして、転倒した。幸い擦り傷程度の怪我ですんだ。その傷もきれいに治った。自転車にも大きなダメージはなかった。

 私の転倒事故の前にも、知人の事故がつづいた。一人は前から来る自転車と衝突して転倒。路面に投げ出された。もう一人は、道路わきの障害物にペダルが引っかかって不意の転倒。やはり身体が自転車から放り出された。三人とも同じ、危険な年ごろだ。

 奇跡というべきだろう。いずれも深刻な怪我はなく、切り傷と擦り傷を負っただけだ。70代も半ばになって骨折でもしていたら大惨事、自転車に乗れなくなってしまう可能性もあった。

 事故の影響は残っていない。とはいうものの、自転車を再開するのにためらいがある。若いころに自転車やオートバイで転倒したのとはわけが違う。自転車やオートバイに乗れば、誰でもこけるとうそぶいているが、実は気になることがある。

 高齢のせいで反応が遅れたか。危機回避ができないのではないか。今回はまぬがれたが、いずれ大怪我するかもしれない。自転車に乗りつづけても大丈夫だろうか。自信喪失気味で、かなり弱気。

 怯んでしまって守りの姿勢に入るのが心配だ。他の二人も同じ心もちかもしれない。すぐに自転車の壊れたところを直して乗り始める、という様子がない。

 このまま走れなくなるのはさみしい。少しずつ攻めの姿勢を取り戻したい。まずは、壊れた自転車を整備するところから始める。

 二人の知人の自転車も徹底的にチェックをした。フレームやハンドルの歪み、ブレーキや変速機の不具合。丁寧に修復や調整をして、ブレーキオイルやパッドは新品に換えた。ぶつけたヘルメットは新しいものを調達しましょう。

 自転車の調子を事故の前よりも完璧なものにして、安心材料を増やす。事故を振り返りながら整備をするうちに、また走ってみたくなる。事故の教訓を味方につけて、慎重に攻める姿勢をよみがえらせる。

コスモス畑で出会った
花々のにぎやかな静寂

花々のあいまには
色とりどりの不安

それでも
花にみちびかれて行く


ときには
花をおきざりにして行く

2026年10月24日土曜日

何ともよく似た

  いつも走る道を自転車で走っていると、4人の男性が自転車を降りて休憩しているのに出くわした。年恰好は私とよく似ている。その中の一人は、普段走るコースですれちがうことがある。ヴィンテージ風のお洒落な自転車のライダー。会えば挨拶を交わす。

 そのときも、どちらからともなく声をかけ、その場で立ち止まった。グループの中の一人が、盛んに私の自転車の改造したハンドルやサドルを褒めてくれた。どこで手に入れたのか、簡単に交換できるものかと興味津々のご様子。

 下手の横好きで、いろいろと自転車いじりをしていることなど、簡単に話した。「自転車に詳しそうなので、変速機の調子を診てもらえませんか」とその人に頼まれた。「素人なので、うまく出来るかどうかわかりませんが」と前置きをして、調子を見せてもらう。変速ワイヤーの張りが緩い。調整ネジで少しワイヤーを引っ張ってみる。

 その場でちょっと走ってみて、「すこぶる調子が良くなった。これでストレスが消える」と喜んでもらえた。ならばついでにと、別の人の変速機とブレーキの調整も頼まれた。ほぼ完調。

 前から顔見知りの人に、どんなところで自転車いじりをしているのかときかれた。自転車小屋(「羅麗庵」とは恥ずかしいので、言わなかった)をのぞいてくださいとLINEの交換をして、自宅の場所も教えた。

 早速、自転車で走った帰りにといって、その人の訪問を受けた。詳しい話を聞くと、3歳年上で77歳。お元気な人だ。

 先日ご一緒だった仲間の行きつけの店が、我々ご近所の自転車仲間で行く店と全く同じ。走るコースや距離も似ている。自転車の好みも似たり寄ったり。みなさん、同じようなことをやってみえますねぇ。

 帰り際に玄関先で私の車を見て、訪問客曰く、「私も同じ車に乗ってますわ。色は違いますけど。自転車も積めますし…」。車まで一緒か。同じ歳ごろの自転車乗りがみな同類というわけでもないだろうが、何ともよく似た人がいるものだ。

きのう 私もそこにいた

去年 私もそれを見た

その人のことは
ずっと以前から
私も知っている

何ともよく似た人たちが
何人も何人も列をなして
この道を通り過ぎていく



2026年10月17日土曜日

痛みは花にも似て

  ふと気づく。自転車で走っていると、どこからともなくただよってくる、金木犀の香り。街角を曲がる、集落の入り口にさしかかる、ほのかな香りがはっきりした匂いに変わる。日をおうごとに、金木犀の在処がふえる。

 いつとはなしにその匂いに出会えなくなる。きのう、この道で出会ったはずなのに、今日はもうない。彼岸花も、1,2本の茎が花をつけたと思っていると、いつの間にか勢ぞろいする。白い蕎麦の花が一面に咲く畑の畔を、朱色のトリムが彩る。1週間もすれば、それはたちまち消える幻影。盛りの時期は短い。

 そういえば、春の桜も同じだ。3分咲き、5分咲きといっているうちに満開になる。それも一夜の雨に散り、あとは何事もなかったかのように、葉桜は周りの樹々の緑にうずもれる。自転車で通り過ぎても桜とは判らない。

 花と老骨の痛みでは、話が違うようだが、自転車に乗っていて感じる痛みにはよく似たところがある。

 歳のせいもあってか、いろいろなところに痛みが出る。あれ、ちょっと膝が痛いぞ。最近肩が痛くて腕も上げにくい。後ろを確認しようと思っても首が痛くて曲がらない。痛みは、花の咲き始め。少し痛いぞと思っていると、それがいつしかピークに達する。やがて痛みの満開。

 痛みのピークは満開の花のように歓迎はできない。無理をしないように自転車の乗り方を変えてみる。しばらくは、ペダリングやフォームを工夫して、痛みと付き合う。

 花の季節が終わるように、痛みもいずれ消える。その消え方もまた花に似て、いつとも知れず消えていく。そういえば、いつの間にか痛みがなくなった、これは嬉しい。花に付き合い、痛みにも付き合い、日々是自転車。

白い畑を彩る
朱の縁かざり

いつどこではじまり
いつどこでおわるか

子どものころのヒーローは
疾風のようにあらわれて
疾風のように去っていった

今はもう少しゆっくりと
つき合って欲しい

2026年10月10日土曜日

突然、こけました

  自転車はこける。誰でもこける。どこでもこける。椿大社で出会った80歳のベテランライダーがいっていた。「自転車はこけますからね。お互いに気をつけましょう」。判ってはいるが、自分はこけない。今日はこけない。ここではこけない。そういう慢心がどこかにある。

 一昨日、友人と二人で遠出をした。多度から養老をめざす。帰路は養老山脈を回り込んで北勢方面へぬける。およそ80㎞のコースだ。

 往路は養老鉄道に沿って旧道を走る。養老駅を過ぎて旧道の途切れたところで、交通量の多い県道に出た。側道を走っていると、前方に樹木の枝が張り出している。後方を確認して車道へ出ようとした。そのときである。

 自転車の前輪が側道と車道のわずかの段差に引っかかった。アッという間もなく大転倒。自転車が突如消えた、ような気がして、身体は路面に投げ出された。 

 オートバイで何度か転倒しているので判る。後輪のわずかなロックやスリップは立て直せる。前輪は少しでもコントロールを失うと、まず、こける。しかも転倒の仕方が不自然で危険だ。頭がガツンと路面に叩きつけられた。

 あぁ、自転車でも転倒事故をやらかした。脇見をしていたわけではない。注意を怠ったわけでもない。道路の段差に気づいてもいた。自分はこけないという慢心が招いた惨事。

 一緒に走っていた友人が気遣って、身体と自転車のダメージをチェックしてくれた。幸い、肘と膝に擦りむき傷がある程度だ。自転車にも大きな故障はない。

 ホッとして、煙草を一服。ヘルメットも調べてみる。何と、側頭部の緩衝材が割れている。路面に頭を打ちつけたのは気がついていた。ヘルメットが身代わりになってくれた。

 スポーツ自転車を始めて以来の惨事。ではあったが、その後も45㎞ほど走って、無事に帰宅できた。転倒して、なお、強がりをいうならば、高齢だからこけたのではない。自転車は誰が乗ってもこける。


静止しつづけるとは限らない
平穏

保たれつづけるとは限らない
均衡

整然と並べた列のすき間の
混沌

引力に逆らいつづけているという
法則

2026年10月3日土曜日

使われなくなった物たち

  ショッピングセンターで浄水器の実演販売をやっていた。元気のいい販売員のお兄さんに、水道水かペットボトルの天然水か、それとも浄水器の水か、何を飲んでいるかと尋ねられた。

 「(選択肢に)井戸水はないのか。井戸水のことを、昔は鉄管ビールと言ったもんや」とからかってみた。「え、ホントっすか。何で鉄管ビールなんっすか」と逆質問された。

 面白いお兄さんで、私たちの横を通り過ぎる人に、早速「鉄管ビールって知ってますか」と声をかけていた。三人ほど、知らないと言って通り過ぎた。お兄さん、浄水器の販売がおろそかになってますけど。

 昔は鉄のパイプを地中に打ち込んで、手押しのポンプで水を汲み上げた。その水が冷たくて美味しいので、昔の人は鉄管ビールと洒落てみたのさ、と手短に説明した。鉄管ビールで盛り上がるのもいいが、お兄さん、とりあえず君は浄水器の水を優先した方がいいよ。

 今では使われなくなった物やその名前を数え上げればきりがない。自転車の部品にも思い当たる物がある。

 ダウンチューブ・シフター。現物を見たこともなければ使い方も判らない人が多いだろう。構造がシンプルで変速動作も確実、見た目もレトロ。但し、手元で操作ができないので便利が悪い。だけど私は愛用している。

 ノーパンタイヤというのもあった。ノーパンが違う意味に使われたからか、ノーパンクタイヤとも呼ばれる。パンク知らずのタイヤだったが、最近は行方知れず。

 ワイヤーブレーキが普及して、今ではお目にかかれないロッドブレーキ。これも名前さえも忘れられている。現役は退いても、今でも十分使えるはずだ。

 役立たずだから忘れられたわけではない。使いやすい物に置き換わっただけだ。使われなくなった物たちを思い出してみると、呼び方にさえ懐かしい響きがある。


えっ、ナンすかこれ
最新式井戸ポンプさ

これは同じポンプでも
手押しの火消しポンプ
えっ、マジっすか


ダウンチューブ・シフターって
これのことさ
Wレバーともいうけどね
チョーヤバいっすね

この自転車のブレーキが
ロッドブレーキだよ
ヤッパ スゴいっすわ

懐かしい響きのある
今は使われない物たちに
お世話になりました
ホントっすよね




2026年9月26日土曜日

朝マック

  積年の悲願といえば大げさだが、この夏は朝早く起きて、涼しいうちに自転車に乗れた。雨が降らない日はほぼ毎朝走った。

 典型的な早朝ライドのコースが三つある。一つは、鈴鹿市の椿大社方面。家から最短で25㎞ほどの椿大社で折り返す。帰路を半分ほど走ると、「マクドナルド菰野湯の山街道店」がある。家まではあと10㎞ほど走ればよい。

 この店を通過するのは、小腹がすくころだ。朝マックというモーニングメニューはお手軽で、時間もかからない。朝マックをしても、涼しいうちに家に帰れる。楽勝だ。

 早朝ライドのコースの二つ目は、北勢町から藤原町へ緩い登りのコースを走る。家から20㎞ほど走って折り返す。そしてやはり、帰路の半分あたりにさしかかると、そこには「マクドナルドいなべ北勢店」。家まで残すところ10㎞ほどなので、ここでも朝マック。

 三つ目のコースにも同じような距離にまさかのマクド。多度から揖斐川沿いに下り、桑名の市街までほぼ30㎞。もう10㎞少しで我が家というところに、「マクドナルド桑名並木通り店」があるのです。

 うまい具合にコースの途中にマクドの店があるのか。店があるのでそういうコースを選ぶことになるのか。早朝の清んだ風をきって走るだけでも楽しいが、別の楽しみと期待があってもいい。

 どの方向へ走っても、家を出て2~2.5時間、走行距離にして30~40㎞。昼ごはんには間があるし、ここらで軽く朝マック。ハンバーガーとコーヒー1杯。マクドナルドの宣伝ではないが、位置もタイミングもいうことなしなのだ。

 ただし、どのコースを走っても朝マック、と喜んでばかりもいられない。血糖値が高めということもあって、間食をやめ夜食をやめた。健康的な夏。早朝ライドができた。ではあるが、行き着いた先が朝マック常習。ということになると、必ずしも健康的とはいえないか。


乗ることは
移動することを
意味する

乗ることは
楽しむことと同義語で
期待することにも通じる


動詞「乗る」は
動詞「食べる」を
内包する

乗ることが
朝マックを
包摂している

2026年9月19日土曜日

見つけました

  こんなアルバムがあることも忘れていた。物置の古い本をまとめた棚で、背表紙が色あせたアルバムが目にとまった。開いてみると空白のページが多い。数枚の白黒写真だけがフォトコーナーシールで留められて残っている。その中に、自転車に乗っている中学生の写真があった。

 中学校の通学に使っていたのはどんな自転車だったか。どこかに写真が残っていないか。ブログに自転車のことを書き始めたころから気になっていた。

 当時の自転車の写真がどこにもない。写真を撮るのは特別な日で、日常を写すことなどほとんどなかった時代だ。通学風景や通学用自転車を写真に残すことはなかったのだろう。それを何と、見つけました。

 一枚は未舗装の道路を走る中学生の自分。もう一枚は遅れた友だちでも待つらしく、後ろを振り返っている4人グループの写真だ。どこかへ連れ立って遊びに行く途中か。あの頃はどこへ行くにも学生服を着ていた。撮影場所は、開通前の北伊勢有料道路(昭和40年~48年まで営業)のようだ。

 2枚の写真の自転車をAIに鑑定してもらった。

「ダウンチューブのデカールに「FUJI CYCLE」(日米富士自転車)のロゴが確認できる。

 年代の目安は昭和30年代後半〜昭和40年代前半。当時「軽快車(スポーツ軽快車)」や「実用軽快車」と呼ばれたモデル。

学帽と詰襟(学生服)を着用した学生さんが乗られている様子から、当時の通学・普段使い用の上位モデルとして非常に人気のあったスタイリッシュな実用軽快車。当時の価格は2万円〜3万円で、現在の感覚なら約 20万〜30万円相当の高価な製品」

AIは詳細に教えてくれたが、ごく一部だけを引用した。鑑定結果と記憶の中の自転車やその時代はぴったり符合する。写真を眺めていると、モノクロームの写真に色までが浮かび上がってくる。

 一緒に写っているのは、ただし君とみのちゃん、顔が見えないのは古田君だろうな。


アルバムのページから
はがされた写真たちが
記憶を断ち切っている




時間をさかのぼっても
この日のこの場所へ
戻れるとは限らない

振り返って待っているのは
来るはずで来るはずもない
ゴドーだろうか

明日は来るというゴドーを
もうかれこれ60年も
待ちつづけている