’26.5.8 一期は夢よ

2026年8月15日土曜日

もう一つの意外

  若いころにはスリムだった体が、少しずつぜい肉だか脂肪だかを貯めこんだ。20歳の頃に55㎏前後だった体重が30歳になるころから、少しずつ増え始めた。

 以降、この歳になるまで60±2㎏くらいで推移している。体形が大きく変わったわけではない。ズボンのウエストが少し窮屈になったくらいだ。それほど悪い変化ではないだろう。

 昨年の暮れに、高齢者特定健康診断の結果を聞いて驚いた。血糖値が異常に高くて、糖尿病という診断になると医師から言われた。

 自転車に乗るとお腹がすく。食べる。食欲旺盛なのはいいことだが、間食もする。もう一つ、悪癖があった。夜食である。これは若い頃からの習い性。空腹では寝付けない、と決めつけていた。深夜、床に入る前には欠かさず食パンを一枚、バターをたっぷり塗って食べる。さらにバナナをもう1本ということもあった。

 病気の宣告を受けては自転車に乗れなくなる。日々の最大の関心事は快適に自転車に乗れるかどうかだ。血糖値を下げなければならない。至上命題だ。

 昨年の暮れから、夜食はやめた。眠れなくてもいいから空腹のままで布団に入る。それが、意外なことに、時間が来れば眠れてしまうのです。しかも、朝食がうまい。

 間食もほとんどしなくなって8ヶ月。8月13日の朝の体重、何と52.3kg5㎏以上体重が減った。血糖値は測っていないが、きっと下がっていると思いたい。セルフイメージが大事だ。

 早寝早起きよりも、長年続けていた夜食の習慣や間食をやめられたことはもう一つのもっと大きな意外だ。その結果、体重が減った。意外の連鎖だ。

体重は減ったが、自転車で走っていても体力が落ちたようには思わない。この歳でも、むしろ機敏さがもどった気がする。この夏は意外なことが多い。まだまだ自転車を楽しめそうだ。これは意外でも何でもない。


道標はそこに居つづける

決められた時間たちが
必ずここを通り過ぎる

その決まりごとに
風穴をあけてみる

意外へつながる
門が開いている

2026年8月8日土曜日

意外や意外

  このブログに、朝には弱い、早起きが苦手、要するに夜型の典型、というようなことを何度も書いた。 毎年、元旦だけは無理をして早く起きる。朝5時には起きて、自転車で初日の出を見に行く準備をする。この日限定、年に一度の早起き。そのことも書いた。

 仕事を辞してからは、スマホのアラームが7時と7時半に設定してある。7時のアラームではまず起きない。早くて7時半である。油断をすると、アラームを無視して眠り続ける。9時が10時でも眠りつづける。暑くても眠りつづける。早くに目が覚めてしまって眠れない人も多いと聞く。眠るのも体力がいるそうだ。朝寝ができるのは幸せなことだ。

 朝は早く起きられないと決めつけていた、その起床時刻が先月の15日を境に変わった。日記には朝何時に起きたかを記録しているので嘘はない。5時に目覚める日がつづいている。

 なぜか。自転車に乗るためである。熱中症アラートが連日出ている。日中に自転車に乗るのは無謀だ。年齢のせいか用心深くなった。遊びで自転車に乗っていて救急搬送されては、忙しい救急隊員さんに申し訳がない。安心して自転車に乗れるのは早朝しかない。

 5時に起きて朝食を済ませる。自転車のタイヤに空気を入れて6時には家を出る。気温が上がる9時ころまでに30㎞~40㎞は走れる。朝の空気は軽い。空気の色まで涼しい。何年か前に一度だけ、夏の朝早くに走ったことがあった。爽快で病みつきになりそうだとブログにも書いた。大嘘つきだ。その後、早朝には全く走れていない。

 それが、この夏の大変化。意外といえば意外。新しい自転車を買ったことがかなり効いている。これまで乗っていた自転車にも乗りつづけ、新しい自転車に乗る時間も欲しい。早起きはその解決策なのだ。

 走行会の仲間から早朝ライドに誘われても、早起きが苦手なことを理由に断ってきた。自分の方から早朝ライドにお誘いできる日が来るとは思ってもみなかった。

まだ手付かずの朝

今朝はまだ
誰も歩いていない道

太陽のリセットには
もうしばらく
時間がかかる

世界中の朝を
独り占めしている

2026年8月1日土曜日

お値段はいかほど

  先月購入した自転車、ラレー・CLR・クラブレースのお値段、定価(税込み)、159,500円。購入価格、95,700円。特価で4割引だった。

 楽天市場に出店しているライド・オンという店から通販で買った。サマーセール期間中だったので10,100ポイントが付いた。実質購入価格は85,600円。送料も割引価格で4,400円と安かった。

 値段の詳細を明かしたが、本当は値段のことはあまり言いたくない。購入価格だけで自転車の値打ちを判断されても困るのだ。

 何年も自転車に乗りつづけて、自転車をグレードアップしている人には、その程度の自転車か、と値段だけで決めつけられてしまうかもしれない。何しろ100万円を超えるような自転車もある。買うの買わないのと、すったもんだしていた割には安い自転車ではないかと思われるかもしれない。

 自転車の値段はこれだけでは終わらない。この自転車にはペダルがついていない。販売店では気を効かせてペダルをおまけしてくれた。おまけはありがたいがそのペダルがショボい。三ヶ嶋製のペダルに替えたので4,950円、サイドスタンド3,870円、他にボトルケージなども買って、特典だった10,100ポイントはそれで完全に消えました。

 納車された状態のままで新しい自転車に乗ることもできるが、自分に合わせて少しずつ作り変えていくのもスポーツ自転車の楽しみのひとつ。こだわって自分にフィットした部品を揃えれば出費はかさむ。

 こだわりには値段がつけられない。この自転車、お値段はいかほどかと尋ねられたら、手に入れた金額は答えられる。答えはするが、それだけで、自転車への愛着やこだわりは表せない。お値段は単なる目安。真価の基準ではない。

夏の早い朝が
物語を紡ぐ

物語の値踏みをする

ハードバックで読むか
ペーパーバックで読むか
同じ物語でも値段が違う

本当の値打ちは
行間に貼られた
プライスタグに
書かれる熱情だ

2026年7月25日土曜日

シェイクダウンについて

  シェイクダウン。レーシングカーなどの試運転。新しく組み上げたり改造した車や機械のテストすることをいう。先月、自転車を買った。新しい自転車の乗り始めも、シェイクダウンするといえば響きがいい。

 新しい自転車に乗るのは楽しみなものだ。乗り心地を試す。身体へのフィット感、加速の調子やブレーキの効き具合。走り始めるとすぐに身体が乗り味を感じ取る。

 初めてクロスバイクを買ったときはそうはいかなかった。比較対象になるものがない。この自転車は乗り心地はいいのか悪いのか。速いのか遅いのか。果たしてどれくらいの距離を走れるものなのか。

 当時は自転車に乗る仲間がいたわけではない。通販で買ったので、自転車屋さんで自転車の説明を聞いたわけでもない。無手勝流ではシェイクダウンと呼ぶにはほど遠い。

 クロスバイクを始めたときから、走行距離や平均速度、行き先などを記録に残している。記録の初回、近くのショッピングセンターまで5㎞の距離を走っている。2回目には32㎞走った記録がある。これなら遠くまで行けるという手ごたえを感じたのだったか

 1年後に2台目となるロードバイクを手に入れたときには、いきなり78㎞走った記録が残っている。スピードが出て乗り心地もいい。クロスバイクで走った経験と較べて、これはイケると思ったのだろう。

 その後手に入れたマウンテンバイクも含めると、今回は4台目の自転車。これまでの自転車と乗り比べ、じっくりと乗り味を確かめて走るゆとりがある。シェイクダウンしている。

 シェイクダウンはスラングとして脅迫やたかりという意味に使われる。事態が落ち着くとか調子が整うという意味もある。できれば後者の意味通りに、新しい自転車を加えた事態が落ち着き、走りの調子が整えばいいのだが。

新しい自転車には
新しい色、寸法、性能

この自転車には
行き先の記憶が
今のところない

これまでの自転車とは
全く違うともいえるし

これまでの自転車と
さほど変わらないと
いえるかもしれない

2026年7月18日土曜日

日々是快適か

 自転車に乗ることはいいことずくめで日々是快適か、というと、そうばかりでもない。

 ブログの記事には、自転車にまつわる面白いことや楽しいことを書くようにしている。難儀なことや心配なことも書きはするが、それも楽しみのうち、というとらえ方をすることが多い。

 3年前に「夏場の過信」というタイトルで、自転車に乗っていて熱中症になりかけたことを書いた。そのときもあまり深刻にはとらえていない。

 いくつかの記事を読み返してみても、年寄りにしては元気がいいなと思える。これではイケイケの爺さんではないかと思うことさえある。

 それが、最近は少し様子が違う。この暑さの中へ自転車を漕ぎ出すのは危険ではないか、と妙に用心深い。自転車仲間も、自転車に乗る回数が減っている。走行距離も少なくなっている。無理はしなくなった。一緒に走る機会も減りつつある。同じような年齢の人ばかりだから、それもうなずける。けれど、ジリ貧ではさみしい。

 自転車で出かけた先々で写真を撮る。その写真から新鮮味が失せている。写真の腕はもともと大したことはない。それを差し引いても近頃は特に凡庸、これもジリ貧。

 いつまでも同じペースで走りつづけられるわけではないし、いつも新鮮な気分でばかりいられるわけでもない。退化もするし、飽きることだってある。

 新しい自転車を買ったのには、かくれた理由もある。生産中止で今後手に入らない。在庫処分で安い。それもあるが、もう一つ、ここらでこれまでの自転車とのつき合い方を見直す、というのがその理由だ。

 新しい自転車を仲間に加えれば、新しい走り方が始まる。新しい自転車を被写体にした写真も撮れる。低迷気味のムードを挽回する。

 自転車1台が起死回生のためのカンフル剤になるといえば大げさだが、ちょっと気分転換を図りたい。無理や無謀は慎むにしても、イケイケの爺さん気分も残して、日々快適に自転車に乗りたい。

夏も74回目ともなると海千山千
かなり手ごわい相手だ

孫の夏はまだ10回目で
孫も夏もお互いに
無邪気なものだ

子どものころには
近くの遊び場まで
夏を迎えに行った

夏休みの近づいた小学校では
放課のチャイムが鳴っている

2026年7月11日土曜日

恋を抱きしめよう

  前回のブログに書ききれないことがあった。前回引用したビートルズの楽曲は『恋を抱きしめよう』というタイトルである。

 原題は『We can work it out』。直訳すれば、私たちはそれを何とかすることができる。何とかうまくいくさ、とか、どうにか解決できるさ、くらいの意訳もできるだろう。 『恋を抱きしめよう』という曲名は、原題とはかなり意味合いが違う気がする。

 前回、歌詞の内容にももう少し触れたかった。ポール・マッカートニーの歌詞は、「僕のやり方を理解してくれ ちゃんと話を聞いてくれ 君のやり方ではこれ以上うまくいかないだろう 時間が経てば判るはずだ」と、中身は判らないが、恋人を説得しているように思える。シンプルな歌詞である。

 ジョン・レノンが、ポールの作った歌詞の途中へ「Life is very short, and there is no time for fussing and fighting, my friend」と、仲裁するようなフレーズをはさんだ。「人生は短い。つまらない事で大騒ぎしたり喧嘩したりしている時間はないぞ」というわけだ。仲間内での冷やかし半分のところもあるのか。

 自転車の通販サイトを見てああでもないこうでもないと考えているときに、たまたまビートルズを聴いていた。このフレーズが耳に残った。

 若いころのジョンが「人生は短い」といっているのと、私の余生ではわけが違う。迷っている時間はもっと少ない。余生が長いか短いかよりも、余生に意味があるかどうかだ。すっからかんの余生ではつまらない。

 前回のブログを書いたあとで、思わぬ符合にも気がついた。「We can work it out」、何とかうまくやれる。新しく買った自転車と私の関係も、何とか折り合いがつくだろう。「恋を抱きしめよう」ではピンと来ない。原題の「We can work it out」なら「We」を私と私の新しい自転車のことに置き換えて、何とかやっていけるだろう。

古い歌を口ずさみながら
新しい道を走った

古い歌が
その時々に
新しい意味を見つける

リズムが重なり
旋律が躍り出す

遠い昔に聴いた歌が
幾重にも折り重なって
耳元に流れている

2026年7月4日土曜日

自転車、買いました

  新しい自転車を買いました。前に何度かこのブログで、もう1台自転車を買うかどうか、迷っていることを書いた。迷いのはじまりは、今も乗っているラレーというブランドの自転車が生産中止になるというニュースだった。

 現在の愛車、ラレーのことについても、いろいろ紹介してきた。愛着のある自転車だ。新家工業がイギリスのラレーという自転車をライセンス生産している。クラシカルな雰囲気が漂う。

 アルミやカーボンフレームの自転車が主流の今でも、鉄(クロモリ合金)製のフレーム。使われている部品もちょっと時代遅れの感がして、それがまたいい。

 そのラレーの自転車が今後は作られなくなる。今もラレーのロードバイクに乗っているが、もう1台、少し性能の違うものを手に入れておきたい。

 買う理由はある。今後ラレーの自転車は中古車以外では手に入らない。今なら製造中止前の在庫が定価の半額近い値段で買える。今の愛車は買ってから14年も経っている。その間に同じブランドの自転車で古めかしいとはいえ、新しいモデルへと進化はしている。

 買わない理由もある。何台も持っていても、全部の自転車を乗りこなせるとは思えない。いつまで自転車に乗れるかもわからない。新車を買えば、自分の身体に合わせた改造用の部品も欲しくなる。余計な出費が増える。今更新車もないだろう。

 Life is very short and there is no time、ビートルズの楽曲の歌詞が思い浮かぶ。言い争いをする恋人たちのことを書いたポール・マッカートニーの歌詞に、ジョン・レノンが付け足した1節。「人生は短い、喧嘩をしている時間はないぞ」

 若かったジョンがLife is very shortといったのと、私の今の心境は違うだろう。けれど、逡巡している時間が勿体ないのは確かだ。買ってしまえば、乗るにちがいない。乗れば、新しい自転車の真価もあらためて判るだろう。

 かなりの高齢にはなったが、やってみないと判らないことはまだまだ多い、と、まぁそんなことで、もう1台、自転車を買いました。

Life is very short, and tehre's no time,
for fussing and fighting , my friend

ジョンだってポールだってわたしだって
人生が短くて時間がないのは同じだ

短い余生という決まり文句は
この辺りで捨てていく

余生は長さで計らない
深さで計り重さを計る