冬をむかえる

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'25.1.22 山を見て走る

2021年1月16日土曜日

ほんとうのことをいうと

  「ほんとうのことをいうと」 詩人になろうと思っていた。今では、生き方もちがうし、詩人らしい雰囲気はないので、そんなばかな、という人が多いだろう。中学生のころには、先行き何になろうなどと考えたことがなかった。本などには縁のない子どもで、池で魚を釣ることや川で泳ぐことくらいしか知らなかった。詩や作文を本気で書くなどということには及びもつかなかった。

 高校生になって出会った国語の先生が、ノートの片すみに書いた落書きのような詩を見つけてほめてくださった。ものの見方が変わっている。こんなふうにものごとを感じる人は少ない。詩を書きつづけたらきっとおもしろい作品ができる…、というようなことを言われた。自分が書くためには、人の書いたものをたくさん読むことが大事、とも教わった。書くこと、そのために読むことを覚えて本の虫になった。毎日のように詩を書いた。できた詩は雑誌に投稿したり、詩を書く友だちと一緒に詩集に編んだりした。

 学校で仕事をさせてもらうようになって、仕事がおもしろくなって、仕事をしているうちに詩を書く日常からは遠のいた。詩人にはなりそこねてしまった。ほんとうのことをいうと、また、詩をつくれるといいと思っている。

 最後に勤務していた学校のPTA広報誌の原稿である。10年以上も前の古いものを引っ張り出した。退職してしばらくした頃、街で出会った高校生に、「もう詩人にもどれましたか?」と尋ねられた。すぐには何のことかわからなかった。彼女は親向けのPTA広報誌を読んで、その内容も覚えていた。退職後は私が詩人になると期待してくれていた。 「ごめん。まだ、詩人になれないままや」というような返事をした。

「詩人の墓」という谷川俊太郎の詩がある。詩人がいかに嘘つきか、ことばとはいかに空虚で傲慢なものかということがテーマのように読める。長い詩のなかの一節。

「男はひとつも花の名前を知らなかった  /それなのにいくつもいくつもの花の詩を書いた  /お礼に花の種をたくさんもらった  /娘は庭で花を育てた」 

男の詩にあこがれて一緒に暮らすようになった娘が、詩人の本性に気づき始める。空虚なことばの世界に生きる詩人と現実の中で生きる娘にはやがて破局がおとずれる。

「先生は生徒の名前もよく知らなった /それなのにいくつもいくつも授業をした  / お礼を言われたりほめられたりした  /他の先生が生徒一人ひとりを育てた」

これでは先生失格。誠実に教員になろうとすると、どうも詩人とは相容れないところがあった。教育はことばを飾らない。私には才能がなかっただけなのに、言い訳のために谷川俊太郎を引き合いに出すとは失礼千万。気が咎める。詩人になれない私が、今は自転車人になろうとしているのだが…。これも、「ごめん、まだなれないままや」というところである。

自転車 この直立する不可思議

自転車 その直進する不可思議

引力も空力も引きはがして
風も過去もおきざりにする

たおれないために走りつづけるのは
意志と脚の強靭さか貪欲さか

つづけると、詩らしきものになっている

 自転車この直立の不可思議
 力学に支えられながら景色の中に遊ぶ
 自転車その直進の不可思議
 私の意志に支えられながら時空を超える

 引力も空力も引きはがして
 風も過去もおきざりにする
 たおれないために走りつづけるのは
 意志と脚の強靭さか貪欲さか





2 件のコメント:

  1.  今回のお話は、最高によかったです。一人の国語教師との出会いが、その後の生き方に大きく影響を与えるなんて、うらやましい限りです。

     詩人とは天性の才能がほとんどかなと思っていましたが、本の虫になるほど読んだり書きまくったり。恐ろしく没頭し、努力しているわけですね。

     昔MARIOさんの詩集をみせてもらったとき、正直自分には難しすぎてピンときませんでした。でもこのブログの中でときおり添えられる言葉に、詩的な意志や感情が伝わってきます。今あのときの詩を読み返せば、すこしは理解できそうです。

     谷川俊太郎の『詩人の墓』にも感動しました。全文を読みました。
    うまく感想は書けませんが、彼の本心なのか空想の世界なのか。でもどんどん詩の中に引き込まれ、自分でイメージが膨らんでいきます。何度でも読み返したい気持ち。

     今回のブログ後半の写真と詩は、いつも以上に輝いています。
    そろそろ詩人としての復活を期待しています。もちろん自転車人としての冒険心も。
    きっと新しい景色が目の前に広がってくると思います。

     今朝は今回のブログを読んで、書かずにいられなくなって投稿しました。
    毎週よいお話を読ませてもらい、心が豊かになります。ありがとうございます。
    別の小さいパソコンから打ち込んだので、多分くちゃくちゃです。失礼しました。

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    1.  若いころに教えを受けたのに、それを生かし切れていないのは自分でも惜しい気がします。
       目標などとはいわないで、自転車に乗りつづけながら、詩が書けるといいと思います。

       谷川俊太郎さん、こどもにもおとなにも読める詩で、こどもの心もおとなの心も豊かにできる、素晴らしい詩人ですね。

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