’26.5.8 一期は夢よ

2026年7月18日土曜日

日々是快適か

 自転車に乗ることはいいことずくめで日々是快適か、というと、そうばかりでもない。

 ブログの記事には、自転車にまつわる面白いことや楽しいことを書くようにしている。難儀なことや心配なことも書きはするが、それも楽しみのうち、というとらえ方をすることが多い。

 3年前に「夏場の過信」というタイトルで、自転車に乗っていて熱中症になりかけたことを書いた。そのときもあまり深刻にはとらえていない。

 自分で記事を読み返してみても、年寄りにしては元気がいいなと思える。これではイケイケの爺さんではないかと思うことさえある。

 それが、最近は少し様子が違う。この暑さの中へ自転車を漕ぎ出すのは危険ではないか、と妙に用心深い。自転車仲間も、自転車に乗る回数が減っている。走行距離も少なくなっている。無理はしなくなった。一緒に走る機会も減りつつある。同じような年齢の人ばかりだから、それもうなずける。けれど、ジリ貧ではさみしい。

 自転車で出かけた先々で写真を撮る。その写真から新鮮味が失せている。写真の腕はもともと大したことはない。それを差し引いても近頃は特に凡庸、これもジリ貧。

 いつまでも同じペースで走りつづけられるわけではないし、いつも新鮮な気分でばかりいられるわけでもない。退化もするし、飽きることだってある。

 新しい自転車を買ったのには、かくれた理由もある。生産中止で今後手に入らない。在庫処分で安い。それもあるが、もう一つ、ここらでこれまでの自転車とのつき合い方を見直す、というのがその理由だ。

 新しい自転車を仲間に加えれば、新しい走り方が始まる。新しい自転車を被写体にした写真も撮れる。低迷気味のムードを挽回する。

 自転車1台が起死回生のためのカンフル剤になるといえば大げさだが、ちょっと気分転換を図りたい。無理や無謀は慎むにしても、イケイケの爺さん気分も残して、日々快適に自転車に乗りたい。

夏も74回目ともなると海千山千
かなり手ごわい相手だ

孫の夏はまだ10回目で
孫も夏もお互いに
無邪気なものだ

子どものころには
近くの遊び場まで
夏を迎えに行った

夏休みの近づいた小学校では
放課のチャイムが鳴っている

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