自転車で長い距離を走るときは何かきいているか、と尋ねられたことがある。音楽でも聴いているのかという意味にとらえたので、何も聴いていないと答えた。「風の音や鳥の声、世間の雑音を聴いていれば十分面白いので、何かことさらに聴くことはない」と返事をした。そもそもの問いかけが、音楽を聴いているのかという意味ではなくて、五感で何かをきいているかという意味だったとしたら、私の早とちりである。頓珍漢な答え方をしたかもしれない。
自転車で走っていると、いろいろな音が聴こえてくる。外界からの音ばかりではない。自分の中の音や本音が響くこともある。思わず口ずさんでいる自分の歌や口笛が聴こえることもある。独創のメロディーが次々に浮かんでくれば、作曲家になれるのだろうが、そうではない。いつか聴いたことのある歌のメロディーが聴こえてくる。知らないうちにその歌を口ずさんだりしている。
繰り返し聴こえてくる歌の一つに、ビートルズの「The long and winding road」という曲がある。中学生のころからビートルズばかり聴いていたので、思い浮かぶビートルズの曲は多いが、自転車に乗っているときに身体の中に流れているのはこの曲だ。
The long and winding road that leads to your door
Will never disappear, I’ve seen that road before
It always leads me here, leads me to your door
The wild and windy night that the rain washed away
Has left a pool of tears crying for the day
Why leave me standing here? Let me know the way
Many times I’ve been alone and many times I’ve cried
Anyway you’ll never know the many ways I’ve tried
But still they lead me back to the long winding road
You left me standing here a long, long time ago
Don’t leave me waiting here, lead me to your door
引用が長くなったが、詞の意味は重要ではない。長く曲がりくねった道がどこまでもつづいていて、その途中に置き去りにされている私。他の道をたどろうとしても、いつしかこの道にもどってしまい、もう長い間たたずんでいる。出口の扉は見えない。
英語では「long and winding road」、日本語では「曲がりくねった長い道」。語順が逆だが、その方がリズムに合う。これは余談。とにかく、自転車に乗っていると聴こえてきたり、思わず口をついて出る。
ポール・マッカートニーは、孤独を感じ、涙がたまってしまうほど泣き明かしたりもしたとこの曲に書いているが、自転車に乗っているときに響くこの歌に悲壮感はない。どこまでもつづく曲がりくねった道を楽しめばいい。他の道を探すこともなければ、いそいで出口を見つける必要もない。老境にさしかかって、ようやく、そう思えるようになれたのかもしれない。
英語では「long and winding road」、日本語では「曲がりくねった長い道」。語順が逆だが、その方がリズムに合う。これは余談。とにかく、自転車に乗っていると聴こえてきたり、思わず口をついて出る。
ポール・マッカートニーは、孤独を感じ、涙がたまってしまうほど泣き明かしたりもしたとこの曲に書いているが、自転車に乗っているときに響くこの歌に悲壮感はない。どこまでもつづく曲がりくねった道を楽しめばいい。他の道を探すこともなければ、いそいで出口を見つける必要もない。老境にさしかかって、ようやく、そう思えるようになれたのかもしれない。
長い道がつづいているが、急いで通り過ぎることはない
今走っている道を、ゆっくりと楽しみたい
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曲がりくねった道の途中に朽ち果てた車
懐かしい「スバル360」
この車も長い道のりを走ってきたか?
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長い道を走るための三種の神器
手ぶくろ、のみ物、小さな鞄
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時間が許せばいつまでも走っていたい道がある
この道の先には何があるのか…
とりあえず、行けるところまでいくか…
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曲がりくねって、出口の見えない道もあるが、
道は、いつかひらける
どこへつづくかわからないから面白い
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