冬をむかえる

冬をむかえる
'25.1.22 山を見て走る

2025年2月22日土曜日

総走行距離10万㎞

 初めてクロスバイクを買ってから12年と6カ月、現在の走行距離が46,525km。クロスバイクの1年後に手に入れたロードバイクは先週で37,498㎞走っている。

 6年前から乗り始めたマウンテンバイクは、走行距離を確認すると16,924km だ。そろそろ3台の自転車の走行距離を合わせると10万㎞を越えたはずだ。合算すると100,947km。やはり、10万㎞を越えているではないか。

 自転車の走行距離が正確に測れるものかどうか、怪しまれる向きもあるだろう。サイクルコンピュータという優れものを使えば、ほぼ正確に10m単位まで走行距離を測れる。走行会仲間の使っているサイクルコンピュータの走行距離と較べると、いつもほぼ同じ数値を示している。走行距離の計測には狂いがないはずだ。

 自転車で走った日には、天候と走行距離、平均速度、通過地点や訪ねた場所を記録する。積算距離はExcelが自動的に計算して残してくれる。

 少し前にこのブログで紹介した『行けずに死ねるか』の著者、石田ゆうすけさんは75ヶ月の自転車旅で95千㎞を走っている。世界中の道なき道を走破したのとは比較にならないが、10万㎞越えはちょっとした記録だ、と自分では思う。

 石田さんの旅ではパンク回数184回、使用タイヤ37本と記録されている。私の10万㎞では自転車3台合わせてパンクは20回程度、使用したタイヤは16セット(32本)である。過酷な環境の旅に較べれば甘い。甘いところはあるにしても、よく飽きもせずに自転車に乗りつづけたものだ。

 3台の自転車の走行記録を改めてひと月前までさかのぼる。114日にロードバイクで熱田神宮まで行った帰り道、80㎞地点でちょうど10万㎞を越えた計算になる。独り密かに盛大に祝いたかった。残念なことに10万㎞の大台に乗ったことにそのときは気づかなかった。

クロスバイク
46,525

ロードバイク
37,498

マウンテンバイク
16,924

割切れない数も
中途半端な数も
いずれ意味をもつ数だ

縦につながり
横にひろがり
意味の出現を待つ






2025年2月15日土曜日

案ずるより産むが…

 易かった。マウンテンバイクの油圧ディスクブレーキのオイルを自分で交換するか、どうか。かなり前から思案していた。知人に相談したら、簡単にできるといって、オイル交換用の器具を貸してくれたことまでは前回書いた。気前のいい人なので、新品のブレーキオイルもくれた。こうなったら自分でやらざるを得まい。

 うまくいかないようなら手伝うとも言ってもらったが、忙しい人を煩わせるのも申し訳ない。できれば独力で挑戦してみたい。自転車の部品メーカー、シマノの『ディーラーマニュアル 基本作業書』をネットでダウンロードする。自社製品の取付け方法やメンテナンスの方法が図解入りで説明してある。メーカーの指定通りの整備をすれば間違いないはずだ。

 インターネット上にもオイル交換の方法を解説した記事や動画は多い。いとも簡単にできるとか、シマノのマニュアルにはない裏技があるとか、眉唾ものの内容には注意したい。

 基本作業書を見て、実物のブレーキを観て、さて、交換作業を始めるかどうか。まだ迷っている。いつまで案じていてもきりがない。ブレーキレバーの根元にあるオイルタンクとブレーキ側でパッドを押すキャリパー、それをつなぐ管、その中のオイルを抜いて新しいオイルを注入する、だけのことではないか。

 思い切ってやり始める。小さなタンクのキャップを外しキャリパーの栓(ブリードニップル)を緩める。キャリパー側からオイルが流れ出てしまうのを待つ。後は、注射器のような器具(シリンジ)で新しいオイルを注入する。

 上のタンクからオイルが溢れるまで注入し、オイルの中に混じった気泡をシマノの作業書通りに抜いたら作業は完了。子どものころに竹で作った水鉄砲の水がうまく飛ぶように工夫したのとよく似ている。案外簡単に作業ができた。その結果、ブレーキの効きはかなり良くなった、ように思える。

沈思黙考といえば
体裁はいいが
踏ん切りがつかないだけだ

すわっていないで立ち上がり
立ち尽くしていないで動きだす

進退窮まるというけれど
そう簡単に極められない

居場所を変えれば
見え方が変わる

案じている間は
不安ばかりが先の方に見えていて
安穏はそのまた先にしか見えない


2025年2月8日土曜日

さて、どうしたものか

  ロードバイク、クロスバイク、それにマウンテンバイクと3種類の自転車をもっている。3台のうちマウンテンバイク(MTB)だけはブレーキのしくみがちがっている。

 油圧ディスクブレーキといわれるもので、最近はスポーツ自転車の主流になりつつある。ワイヤーでブレーキを引っ張るのではなく、オイルの圧力でブレーキを押し付ける。油圧を受けたブレーキパッドという部品が、車軸に取り付けられたディスク(円盤)をはさんで車輪の回転を止める。

 油圧ブレーキは小さな力で確実にブレーキを効かせられる長所がある。使われているオイル(フルード)がブレーキの摩擦熱で変質したり、経年劣化したりするという短所もある。ブレーキオイルの定期的な交換が必要だ。

自動車やオートバイは車検の際にブレーキオイルの交換を勧められる。自転車は車検がないので、気にしなければそのまま乗りつづけてしまう。ほんとうは2年に一度、頻繁に乗るなら走行距離2,000㎞くらいで交換するのがいいらしい。オイルの交換を怠るとブレーキの効きが悪くなり危険だ。

 私のMTBは新車から3年、6,000㎞走ったころに自転車屋さんで交換してもらった。かなり管理がずさんだ。オイル代500円程度を含んで、料金は6,600円だった。

 それからまた3年、1万㎞くらい交換せずに走っている。さすがにこれはまずい。自分で交換できないかと思案していたら、ご近所の知人がブレーキオイル交換用の器材を貸してくれた。オイルを注入する注射器様の器具、交換時にあふれるオイルの受け皿や容器とビニール管。これを使えば交換は簡単にできるとのことだが、自分にもできるかどうか。

 せっかくなので自分でやってみるか。かなり複雑な作業なので工賃を払ってもプロに任せる方が安心か。さて、どうしよう。知人に借りた器材とMTBのブレーキを交互に眺めながら考えている。

さて、これからどこへ行こうか

はて、これは何だったのか

さあ、何が見えるか

さて、はて、さあ、と前置きして
自分に問いかけてみる

日に何度も繰り返す問いかけ
あるいは突然に来る問いかけ

2025年2月1日土曜日

行かずに死ねるか

  石田ゆうすけ著『行かずに死ねるか!世界95000㎞ひとり旅』(2003年、実業之日本社)という本を読みなおした。加筆、訂正された文庫版(2007年)で読んだ。古い旅行記ではあるが今読んでも面白い。自分では絶対にできないことを追体験させてくれる。

 筆者は19957月にアラスカから自転車旅を始める。自転車に積む荷物は「バッグが6つ。キャンプ用具に防寒具、着替え、文庫本に辞書、カメラ、工具、薬、全部で40キロ以上はあるだろうか」。走り始めると自転車のコントロールがきかない。「『こ、これで走って行くんか』、これは考えていたほどロマンチックな旅じゃないぞ」。旅はこんな具合で始まる。

 北米大陸を抜けて南米ペルーに入った2年目には強盗に襲われる。銃を突き付けられ、死を覚悟する。「自転車だけは残してくれ」という懇願が通じて何とか生き延びた。心温まるいろいろな国の子どもたちとのふれあいや日本人の自転車旅仲間との出会いなど、エピソードに事欠かない。旅も5年目になるアフリカ、ギニアではマラリアに罹り、タンザニアのサバンナでは自転車でキリンを追いかける。

 旅行記の中の著者の独白は関西弁で親しみがわく。近所のお兄ちゃんが、ああだこうだ言いながら過酷な旅を続けているのに付き合っているようだ。命を脅かされるような目に何度も合いながら、「行くしかないわな」「無理せんでええよ」と言ってつづける旅を思わず応援したくなる。

 自転車旅の終盤は中東からアジアを走り抜け、75ヶ月、走行距離94494kmで幕を閉じる。訪問国87ヵ国、パンク回数184回、使用タイヤ37本。膨大な記録とそれが正確に残されていることに驚く。 

 先週、私の自転車の走行距離が10万㎞を越えた。自転車に乗りはじめて12年半になる。この本のような大冒険には比ぶべくもないが、まだまだ死なずに行ってみたいところもある。

人跡未踏の道に踏み込む危険
人の行き交う道にもある危険

未開の道を行く慄き
整備された道の危うさ

手なづけられた食料

いつでも手に入るという慢心

飼い慣らされた風景の中を
遠い野生を想って走る

少し遠出をする
想いだけはその先へ
海を渡っていく