冬をむかえる

冬をむかえる
'25.1.22 山を見て走る

2021年2月20日土曜日

七つの池を巡る冒険

  寒の戻りがあるとはいうものの、陽気は春めいてきた。本格的な春になったら、7つの池を巡る冒険に出かけたい。大仰ないい方であるが、実は大した冒険ではない。7つの池に特別の意味はない。9つの池でもいいし、たったひとつの池を探すというのでもかまわない。ちょっと気分を変えて走りたいときの呪文ようなものである。

 朝、目が覚めると自転車のためにあるような好天。さて、今日はどの辺りを走ろうかと考える。適当にぶらぶらと、というだけではいかにも芸がない。「7つの池を巡る冒険」と唱えれば、いつも走っているコースに抑揚がつく。子どものころは、名前などつけなくても毎日が冒険の連続だったが、大人には理屈が欲しい。

 いつも気軽に走っている、員弁郡やいなべ市内の云わばホームコースのようなところには、池や溜が点在する。人里をほんの少し離れると、樹々の間にひっそりと水をたたえる池や溜に出会える。湖といえるほど名前の知られた立派なものはない。池はもともと魚を生かすためのもので「生ける」が語源。溜は灌漑用に人工で水を「溜め」たものらしい。名もない小さな池や溜も、四季折々の変化を水面に映す姿には独特の神秘が宿る。冒険を企てる価値はある。

 どんな冒険に出かけるときも、ルートはざっくりと決める。厳密な道程はない。この辺にも池はあったはずだ、という極めて不確実な探索。目的の池に向かって走っていると、思わぬ所で初めて見る池に出会うこともある。子どもの頃に泳いだり魚を釣ったりしたことのある大きな池を探し当てたら、意外に小さかったという驚きもあった。昔の記憶そのままの場所もあれば、周りに遊歩道など整備され、よそよそしくなって乙にすましている池や溜もある。冒険してみないとそれも判らない。

 いなべ市はツアー・オブ・ジャパンのロードレースが転戦する場所の一つに名乗りを挙げ、最近は多くのライダーがその聖地を訪れる。「いなべサイクル・マップ」なども発行されていて、それを頼りに走るライダーが多いのだろう。マップには見どころなどを織り交ぜ、無難なコースが紹介されているので、お決まりの道を連なって走っている人たちを見かける。地図の見方を変えて、お仕着せのコースから外れてみれば、自分が発見者だと思えるようなワインディングロードがあって、その向こうに冒険が待っている。人影の絶えた魅惑的な池や溜に出会えるという僥倖もある。

 先日、家に遊びに来た友人を近くの溜に案内した。誰も知らない秘密の場所を教えるかのように、得意になっている自分がおかしかった。子どもの頃には日常茶飯事だった冒険を、しばらくはすっかり忘れていた。この歳になって、もう一度、いざ冒険、と呪文を唱えて自転車で出かける。近場を巡るサイクリングが、人跡未踏の秘境を尋ねる旅に早変わりする。


人影のない冬の池は
まるごと自分の庭的気分

はるばる来た…
実は振り返れば我が家が見えるくらい処にある

子どもの頃には「西村の溜」と呼んでいた
暗くて怖いところだったが
公園に取り込まれてしまった
柵など張りめぐらされて
妙によそよそしくなった
溜が怠けてくつろいでいる

この溜は昔の姿のままで頑張っている
地図にはあるのに
どうやって道を辿ればいいか判らない
溜の底からは何が出てくるか判らない

通りすがりに偶然出会った溜
地図にも名前が載っていない
昔から伝わる呼び名があるはずだ

誰も訪れないままにしておきたい場所がある
冒険を冒険のままで残してくれる場所である

村のはずれに「山の下」と呼ばれる
子どもには手ごろな小さい池があった
いつも魚釣りの子どもでぎわっていた
野放しの子どもが集まる池がなくなって
野放しの子どもはどこにもいなくなった

全国ため池百選だなんて
すっかり飼いならされて
よそ者になってしまった

選ばれてあることの恍惚と
     不安と二つ我にあり
     (太宰治、ポール・ヴェルレーヌ)
選ばれない方がいいことだってある








2 件のコメント:

  1.  つい最近雪が降ったかと思うと、きょうは20度を超える温かさ。
    こんなことを繰り返しながら、春の足音が確実に近づいています。

     私も自転車に乗るようになって、人生の大半を過ごしてきたいなべを、改めて発見しています。幹線道は当り前のように走っても、少し逸れた裏道や農道、里山の林に踏み入れたことはなく、新しい発見の連続です。無邪気だった子どものころに還る瞬間が、ペダルを回すなかで何度となく訪れます。

     MARIAさんの文章には、たった一度の人生を存分に楽しんでいるようすが言葉や写真、詩のなかにとてもよく表れています。そのときその時で自分ができることを考え探し、いかに有意義な毎日を過ごそうかというポジティブな発想。とても勉強になります。

     7つの池を巡る冒険、面白そうですね。季節や天気によっても別の表情を見せるだろうし、一日たりとも同じではないでしょう。

     神社やお寺を訪ねるのもよいかもしれません。かなりの数だから大変ですか。
     でも、あくまでも主役は自転車ですよね。

    返信削除
  2. たいしてポジティブでもアクティブでもないのですが、ないものねだりをせずに、自分のやれることを楽しみ、一緒にいてくれる周りの人とは、愉快な時間が過ごせるといいと思っています。

     春になったら、「5つの祠を巡る」とか、「3つの長い坂を登る」とか「海辺のコーヒー屋さんを探して」というのも良さそうですね。時間をみつけて、ふらりとお出かけください。

    返信削除