’26.5.8 一期は夢よ

2026年4月25日土曜日

身の程を知る

  「身の程を知れ」。自分の力を知り、高望みはするな。そういわれると、夢や可能性を摘み取られるような気がする。同じ言葉でも、分をわきまえ自分の立場を知れ、という意味にとれば、謙虚に自分を見直し、自分の力を発揮したいと思う。 

 この4月から自転車の歩道走行禁止が強調されるようになった。もともと自転車は車道の左端を走ることになっている。法令どおりに自転車で車道を走ると「身の程を知れ」といわれているような気がする。 

 自転車を保護して走ってくれる自動車が増えたが、相変わらず自転車は邪魔者扱いされることがある。追い払うようにクラクションを鳴らされる。接触しそうな狭い場所で追い抜かれる。未だに自転車は歩道を走れ、くらいの認識しかないのだろうか。 

 車道の左端を走れといわれるが、では、車道の左端と歩道、路側帯、更には路肩。この区別がはっきりしない。自転車は路側帯の内側を走るのか外側か。では、内側とは道路のどちら側か。道路を設計者や管理者からも、自転車は「身の程を知れ」と言われているようだ。

 まれに車道の左端に自転車用走行レーンが引かれている。ご親切、と思っていると、交差点に入ると突然消える。路側帯が確保されているので、そこを走っていると道幅が狭くなった途端に路側帯が消える。「身の程を知れ」といわれる前に、自転車の存在そのものが無視されているようだ。

 自転車に乗る者は確かに「身の程を知る」べきだろう。公道を走るためのルールを守る。自分を守るためにヘルメットをかぶる。整備や点検もする。謙虚に身の程を知り、自転車の存在をアピールする。それが公道での冷遇をなくすことにつながると思いたい。


馬車で荷を運べば
身の程は軽車輛だ

馬が橇を引けば
それも軽車輛だ

それならば裸馬に乗って
公道を走ればどうだろう
もちろんそれも軽車輛だ

身の程を知ってみれば
できないこともあるが
できることも多くなる



2 件のコメント:

  1. べーえんべー2026年4月30日 17:32

    『身の程を知る』 これほど身につまされる言葉はありません。
    〔自転車に乗る者は確かに「身の程を知る」べきだろう。公道を走るためのルールを守る。自分を守るためにヘルメットをかぶる。整備や点検もする。謙虚に身の程を知り、自転車の存在をアピールする。それが公道での冷遇をなくすことにつながると思いたい〕
     ブログの最後にあるこのMARIOさんの文章は、まさにその通りで、返す言葉が見つからないです。

     自分が自転車に乗っていた中学生のころは、けっこうわがままに走り回っていた。いざ大人になって車に乗り始めると、自転車が邪魔者に見えてくる。ずいぶん身勝手なものです。
     自動車学校でキープレフトの学習をしましたが、自動車やバイクが道路の左寄りを走るのが原則だということでした。
     友達とバイクでロングツーリングを楽しんだときは、車線内で互い違いになる「千鳥(ジグザグ)走行」をしていました。仲間内では安全を確保する知恵のつもりでしたが、今思えばあれも他者から見れば「道路を独占する自己中心的な走り」だったのでしょうか。MARIO さんのご見解をぜひ伺ってみたいです。

     キープレフトは単なるマナーではなく法律上のルールであると最近知りましたが、ルールを「身勝手な解釈」で歪めないことこそが、MARIOさんのおっしゃる「身の程を知る」の第一歩なのかもしれませんね。


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  2.  道路上でも自分の身の程を知り、相手の立場も判れば、お互いに配慮し合えるのでしょうが、子どもは車を運転しないし、車の運転者の中にはオートバイや自転車に乗らない人もいるので、相手がどう動くか予測できないこともあるでしょうね。

     自転車が車道の左端を完全に一列になって走ると、前の人に遮られて後ろを走る人は前方が全く見えません。ほんの少し列をずらして、前方を見通す方がずっと安全な気がします。これはオートバイも同じでしょう。少し左右にずれて、千鳥走行をするのは理に適っていると思うのですが、ダメですかね。

     道路行政に携わる人や、取り締まりの警察官にも、スポーツ自転車で遠乗りをしてもらうと、交通法規通りにはいかないことが理解してもらえると思うのですが…。自転車はここをどう走ればいいの?と思うような箇所が道路にはたくさんありますよね。

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