第166回令和3年下半期芥川賞には砂川文次氏の『ブラックボックス』が選ばれた。毎回の受賞作品は全文が雑誌『文藝春秋』に掲載される。上半期の受賞作は9月号、下半期の作品は3月号で読める。受賞作の単行本は、2000円前後はするだろうから、1000円の雑誌で読めるのはお得だ。受賞者が複数あっても、すべて『文藝春秋』で読めるのは、菊池寛が創刊したこの雑誌の良心である。
受賞作には、自分の子どもたちか、もっと若いような人の書いた純文学小説が多い。古い者には理解が難しいところがあるが、現今の文学的傾向を知るためにも読んでおきたい。
今回の受賞作『ブラックボックス』の主人公サクマは自転車でメッセンジャー(書類配送)をしている若者である。日々の生活の中の、抑えきれない暴力的エネルギーの発露から、傷害事件を起こし、刑務所に収監される。その刑務所で、またしても暴力沙汰に及ぶ。そんな自分を自分が観ている。ごくかいつまんでいえば、そんなストーリーである。
話の前段、サクマが自転車便の配達人として街中を走る描写が続く。芥川賞選者の評には、「主人公の肉体感覚がベタなリアリズムで畳みかけられる」とか「伝統に依ったリアリズムへの徹底」、「端正に推敲された文体」という言葉がみられるが、自転車に乗る者としては、そのリアルで細かいはずの描写に「ん?」と引っかかる。
サクマが信号をすり抜けようと加速する場面。「身体を左右に振って回転数を上げる(略)雨音を縫うようにしてラチェットの音が聞こえる」
ペダルを踏んでいるときには、ラチェットの音は聞こえないはずだ。これはペダルを踏むのをやめて後輪が空回りをしているときに、車軸の爪が鳴る音だ。「回転数」にケイデンスとルビがふってある。これもあざとい気がする。
さらにスピードを上げる場面。「シフトレバーはブレーキと一体型のものだったから、中指と薬指で以てこれを左側に弾くようにして1ノッチ上げる。変速機からBB、クランク、シューズ、脚という順を経て負荷が増した…」
シフトアップには、内側の小さいレバーを操作するので、人差し指1本か、人差し指と中指を使う。薬指までは使わない。ギアを上げ実際に負荷がかかるのは、後ろのギア(リアスプロケット)、チェーン、クランクギアから脚というのがリアルな「肉体感覚」のように思える。変速機やBBというそれらしい用語が使いたかったのか。
他にも、事故に遭いそうになって、自転車を壊す場面では「フロントディレーラーからチェーンが脱落している」とあるが、チェーンがディレーラから外れることはない。脱落するとすればフロントギアからである。
細かい表現が気になっただけで、受賞作のテーマとはさほど関係のないことかもしれない。作者も選者も気にしていないようだが、自転車乗りがこの作品を読むときには、こんなところに着目しながら読むという読み方もある。
季節を経て 朽ちていくもの |
季節を得て 花開こうとするもの |
季節の中に 置き去さられるもの |
季節の中で 咲き誇るもの |
いつの季節にも 湛えられつづけるもの |
あたたかい日向で休んでいたが 今日はこの季節初めて 涼しい陰を探して休んだ |
芥川賞作家もMARIOさんにかかったら、形無しですね。自転車の部品だけではなく、実際に乗っているときの微妙な感覚と自転車の構造を理解していないと、知ったかぶりがバレるということですね。
返信削除文芸春秋は定期購読されているようで、読書量も半端なく70歳を過ぎてもつねに追究する姿勢には、圧倒されます。
本を読んで音楽を聴いて、映画を観る。自転車に乗り、車にも愛情込めて磨きこみ、走らせる。
一度しかない人生、自分のやりたいことを一日一日有効に使っている見本です。
私も見習いつつ、ムダの少ない日々を過ごしていきたいです。
今回は、どうも細かいところにこだわって、言わずもがなのことを書いてしまいました。ありのままに楽しむことがたいせつで、難癖をつけるのはよろしくないですね。余計なことを言う年寄りにならないように気をつけます。
返信削除おかげさまで、自分のやりたいことをして、毎日を過ごさせてもらってはいるのですが、社会貢献度がひくいというか、全く世の中のお役に立てない生活は、褒められたものではないです。
子どものころに、「手伝わなくてもいいから邪魔をしないでくれ」と言われたことがあります。せめて、世の中の邪魔にはならないように、気をつけたいと思います。