これからの季節、北西の季節風とどう付き合うかが課題だ。風に向って走る気力も脚力も年々衰えている。寄る年波には勝てないのである。
朝から北風が吹き荒れる。朝は穏やかでもいつの間にか風が強くなる日もある。自転車に乗り出す前から気持ちがひるむ。
我が家のある場所は北西に鈴鹿山脈が連なる。どの道を走っても標高は徐々に高くなる。10㎞も走ると山麓の坂の多い道にさしかかる。この季節には、風に逆らって坂を上る、しかも風は冷たい。三重苦だ。
ならば、風下になる南東方向に走り出せばよいではないか。伊勢湾岸や濃尾平野の平らな土地が広がる。平坦なコースを追い風に乗って快適に走れる。ところが、これは帰り道が怖い。風に乗って遠くまで走ったあとの帰路が向かい風。しかも登り傾向。思うだけで走り出す気が失せる。
風は侮れない。透明な壁だ。壁にぶつかるだけならまだしも、壁が前から押してくる。前に進めないどころか、まさかそんなことはないだろうけれど、後ろへ押し戻されるのではないかと思う瞬間さえある。
横風がまた曲者だ。追い風に乗って快適に走っているときに方向を変える。突如見えない巨大な手で横から突き飛ばされる。自転車ごと浮き上がってしまいそうだ。
危ない目にも遭うのに、無理をして自転車に乗らなくてもいいようなものだが、それでは冬の間乗れなくなってしまう。
風の日は風の日の乗り方を考える。向かい風には抗わず、少しずつ少しずつ前に進む。こちらが力むと相手の反発も強まる。もう急ぐ旅でもない。ゆっくりとでも前に進めれば十分だ。
順風を受けても図に乗らない。風向きは変る。いいときばかりではない。風の日には気力や脚力よりも寄る年波がもたらす経験知と諦観がものをいうのです。
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| 水面を歩いている風は どこで生まれたのか |
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| 空を渡っていく風は どこへ帰ろうとしているのか |
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| 来し方も行く末も わからない風に ときには阻まれ ときには押される |
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| 風がこの家の前で立ち止まる |
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| 風に行き先を尋ねている |



































