母の実家は、員弁川をはさんだ川向こうの在所にあった。川には大社橋という橋が架かっている。子どものころには、車が一台やっと通れるくらいの狭い橋だった。
盆・正月の母の里帰りと報恩講という年に一度の法事には、妹と自分が母の両手にぶら下がるようにして、歩いて橋を渡った。いとこたちと遊べることや、祖母のくれる駄菓子を楽しみにして、うきうきと橋を渡った。帰り道の記憶がないのは、名残惜しい気持ちが強くて、あまり思い出したくなかったからかもしれない。
若い頃、大社祭の上げ馬神事には、川向こうの神社まで、馬に跨って橋を渡った。橋の上で、渡御を知らせる花火の音に驚いた馬が、後ずさりし前足を上げて立ち上がった。馬から振り落とされれば、欄干を終えて川まで真っ逆さまに転落するという恐怖があった。橋を渡ってしまうと、馬で神社の急坂を駆け上がる危険な神事が待っている。無事に乗りこなせるだろうかという不安や恐れにかられ、それでも多少は意気込んで橋を渡った。
二日間の神事をすべて終えて、ろうそくを灯した提灯を手に、馬で橋を渡り帰還した。夕闇のせまる橋の上で、疲れ切った馬はもう後足で立ち上がることはない。安堵と名残惜しさが募った。祭は終わっても、馬から降りたくなかった。
中学、高校時代の通学には、毎日自転車で渡っていたこの橋を、また、自転車で渡ることが多くなった。車やオートバイで走り抜けるときには、ほんのひとまたぎと思っていた橋が長くなった気がする。橋から川の上流を見ると、流れの向こうに季節の色に染まった鈴鹿の山並みが連なる。私の原風景だ。
自転車で橋を渡ってしまうと、簡単には帰れないという気がする。家に近い橋を渡れば新しい場所へ出ていける。新しい場所を訪ねると、初めて出会う橋を渡る。いろいろな場所を経巡っていると、帰りの橋を見つけなければ川のこちら側へは戻って来られない。自転車の距離感では、橋を探し当てて川を渡って戻るのはかなり道のりになる。小さな橋を渡ってしまうにも、大きな決断がいる。
機会があれば、いつか渡ってみたい橋がある。チェコ共和国の首都、プラハを流れるモルダウ(ヴァルタバ)川に懸かるカレル橋だ。建設に50年かかって1402年に完成した橋は、それから600年以上も使われている。
プラハの春には、この街も、この橋にも、旧ソ連の侵攻を受けた悲惨な記憶が残る。日々の営みの中で、何の邪気もなく橋を往来する人たちの命が、無残に奪われる惨劇には耐えられない。土地の人たちの原風景になっているはずの橋が、破壊されるのはあまりにもむごい。
橋を渡る。思い出や密かな意気込みを慈しみながら橋を渡る。どんな小さな橋も、心無い侵略行為にさらしたくはない。
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ひとまたぎで渡れそうな橋を 人の想いが時間をかけて渡る |
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ひとまたぎで渡れそうな橋を 越えれば季節が変わることもある |
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白い道の先に 長い橋の架かる予感 |
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あの遠く長い橋を渡ってしまって 再び川のこちらへもどれるだろうか |
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通じ合えないのならば 橋を架けさえすればいい |
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橋が架かれば 人が流れ 意志が流れる |
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いつかは渡ってみたい橋がある スメタナの「モルダウ」を聴く |







近くにある大社橋には、MARIOさんの物語がぎっしり詰まっていますね。文章のなかにある幼少の頃から上げ馬神事での晴れ舞台やバイクで渡った学生時代から現在の日々是自転車のようすを、自分に置き換えて郷愁に浸ってしまいます。
返信削除私には橋にロマンを抱く想い出はなく、通勤時に渡る木曾三川橋の渋滞や厳冬の朝に渡る凍結の不安など現実的なものばかり。
私も自転車乗りの一人として行ってみたいなと思うのは、しまなみ海道、四万十川の沈下橋です。両者とも観光化されているのがもう一つですが、行ってみる価値はあるかもしれません。
MARIOさんのモルダウ川にかかるカレル橋には、びっくりです。何年もヨーロッパに住んでいらした方とは、頭の中に広がる景色がちがいます。私には音楽の授業で聴いたモルダウしか連想できず、作曲の背景などわからず、フーンいい曲だな程度の記憶。
今回も写真と添えられた言葉に引き寄せられました。写真と寿葉がピッタリ合う表現には、感心するしかありません。
いつも丁寧に読んでくださり、ありがとうございます。
返信削除大社橋には、渡ることだけでなく、橋の下で魚を獲ったり泳いだりという思い出も数多くあります。自転車で渡ると、不思議と昔のことを思い出します。
しまなみ海道を自動車で走ったことはありますが、高いところが苦手な私は自転車で渡るのはちょっと無理かもしれません。べーえんべーさん、ぜひ一度挑戦してみてください。四万十川沿いを走るというのも、きっと面白いでしょうね。
橋の眺め、橋を渡るとき、自転車には徒歩でも自動車でも味わえない面白味があるように思います。小さい名もない橋も含めて、いろいろな橋を訪ねてみたいです。