'26.1.1 新しい年を迎える

2025年8月30日土曜日

蝉の声

  自転車で快調に走れているときには蝉の鳴き声が心地よい。ペダリングと同調するように鳴き声が樹々の上からふりそそぐ。応援してもらっているようで身体が軽い。

 気温が上がって、ペダルを踏むペースが落ちる。蝉の声はたちまちうるさくなる。耳障りだ。向かい風と同じように行く手をはばむ。頭の上から降る鳴き声が気温を一層上げる。

 今年の夏は夕立に会うことがない。突然の雨に降られないのはいいが、乾きすぎている。自転車で走っていて夕立に会うのは満更悪いことばかりではない。

 雨宿りをする場所を探す。予定外の休憩時間。蝉の声はばったり止む。雨宿りに借りた農家の小屋の軒を打つ雨の音はするけれど静寂。蝉の声と雨音の相関。

 やがて、夕立が去り、晴れ間がのぞく。蒸し暑かった空気が少し冷たくなっている。雨に濡れた路面からは照り返しの暑熱が消えている。蝉の大合唱がまた始まった。気分を新しくして走りはじめる。

 子どものころ、蝉をジージーとかミンミンと呼んでいた。シャーシャーは大きくて捕まえ甲斐があった。クマゼミだ。ニーニーもツクツクボウシもいて、夏の終わりの夕暮れにカナカナの声を聴くと夏休みが終わるのがさみしかった。

 最近は、蝉の鳴き声を聞きわけられる人が少なくなっていると何かで読んだ。自転車で走っていても、蝉取りをしている子どもを見かけない。 天寿を全うできる蝉が増えて、蝉にとってはありがたいことかも知れないが、蝉取りという夏休みのアイコンが消えるのはさみしい。

 猛暑の影響か、蝉が鳴かなくなったところもあるらしい。蝉の声を楽しんだり、ときには(うと)ましく思ったりもしながら走るのは夏の自転車の楽しみとして残しておきたい


子どものころ
この樹の下に
夏があった

あの夏が
どこを探しても
見つからない

今年も子どもたちは
子どもたちの夏を
楽しんでいるはずなのに

私にはそれは
見えないだけなのか
子どもころと同じ
蝉の声が聴こえる

2025年8月23日土曜日

ラレーという自転車

  フランク・ボーデンは、香港から帰国したとき、不動産事業の激務ですっかり疲弊していた。医師の勧めで自転車に乗りはじめ、健康を取り戻した。彼は自転車にはまった。

 1888年、彼は故国イギリスのノッティンガム市、ラレーストリートにあった自転車工場を買い取り操業を始めた。ラレーサイクルカンパニーである。同社の代表作の一つロードスター号は日本の一般用自転車の原点になった。

 同じころ、新家熊吉は、石川県加賀の山中村で漆器業を営んでいた。商才に秀でた彼は、海外へも行商に出かけ、そのときに見た自転車のリムを製造することを思いついた。

 1903年(明治36年)、彼は「新家商会」を設立し、自転車用木製リムの製造販売を始めた。1915年(大正4年)には金属製リムの製造に成功、現在の「アラヤリム」の礎である。

 1946年から完成自転車「ツバメ号」を売り出し、現在の新家工業は「ARAYA」の商標で、マウンテンバイクやツーリングバイクを製造販売している。

 英国と日本の老舗が創業から100年経った2003年に出会った。新家工業がラレー社とブランドライセンス契約を結び、和製ラレーの完成車を売り出した。いはばラレーは借り物の名前だが、ツバメ号以来の新家工業の伝統と技術は和製のラレーにも反映されているはずだ。

 私がクロスバイクを始めて1年、本格的なロードバイクが欲しいと思っていたころに、この和製ラレーを自転車雑誌で見かけた。当時流行り始めていたカーボンフレームやディスクブレーキには目もくれず、鉄(クロモリ)フレームにリムブレーキ、ひたすら頑固だ。競輪用自転車のリムは全て新家工業製といわれるだけあって足回りはひたすら頑強だ。

 和製ラレーではあるが、イギリスで130年以上も前から作られている自転車の(たたず)まいが雑誌の写真から伝わってきた。これに決めた。以来、12年間乗っているが古びない。先日、小径車を1台買い求めた。何台も候補はあったが、これもラレーの自転車に落ち着いた。


それは今になって
忽然と姿を現した
ものではないのだ

100年の時を超えて作られつづけ
海を越えて広がりつづけた

エンブレムが世界に根を張り
ロゴが歴史を語り継いでいく

いつの時代でも
愛着をまとって
走りつづけている



2025年8月16日土曜日

小径車という自転車

  イヤの小さな自転車を小径車という。ミニベロともいう。ベロ (velo)はフランス語で「自転車」、ミニベロは小さな自転車である。

 一般的なスポーツ自転車のタイヤは26インチから28インチ、マウンテンバイクには29インチという大きなものもある。小径車に分類されるのは20インチ以下の小さなタイヤの自転車。タイヤだけを見れば10歳前後の子ども用自転車と変わりはない。

 小さな自転車とはいうものの、フレームは身体の大きな人でも乗車姿勢が保てるサイズに作られている。ロードバイク並みの性能を発揮するものもある。

 ミニベロには折畳み式のものも多い。折り畳んで車や電車に積んで出かける。目的地に着いたら自転車を組み立てて走る。輪行という。改造用の部品も多く揃っていて、熱烈なミニベロ愛好家もいるようだ。

 ロードバイクやクロスバイク、それにマウンテンバイクと用途を使い分けて乗っているが、小径車には本格的に乗ったことがない。

 我が家にも妻が乗っている小径車がある。10年使っている。部品の交換などはしているが、さすがに老朽化が目立つ。

 自分も乗ってみたいので、妻用の自転車を買い替えるという名目で、もう1台、小径車を手に入れた。これまでの1台を整備して自分も乗ってみる。

 走り出すと、これがなかなか面白い。ギア比が工夫されていて、タイヤは小さいのに低速から高速まで苦も無く走れる。坂だって登れる。本格的なスポーツバイクには較ぶべくもないが、スポーツ走行にも十分耐える。

 小径タイヤは漕ぎ出しが軽い。脚の負担が少ない。取り回しが楽で、ブレーキもよく効く。小径車には小径車の特性と面白さがある。深みにはまりそうな予感がしてきた。気軽に乗れて、本格的にも走る。小径車あり、遠方へも行ける亦楽しからずや。


大きさをくらべない

速さを競わない

ありのままの
持ち味を活かして
走ればよい

少しお洒落なら
いうことなしだ

2025年8月9日土曜日

また、あした

  子どものころ、友だちとの別れ際のあいさつは、決まって「また、あした」だった。あしたも会えると確信していた。

 自転車で走っていると、ひょんなところで懐かしい知り合いに出会うことがある。自転車のスピードなら、しばらく会っていない人でも、すれ違いざま瞬時にそれと判る。久しぶりに会った人としばし立ち話をする。近況やら、共通の知人の消息やら、短い間に矢継ぎ早の会話になる。

 別れ際、「近いうちにゆっくり会いましょう」とか「一度、拙宅にお立ち寄りください」ということになる。共通の知人も誘って、と念入りな話になることもある。

 そうやって別れて、では、その後、時間をとって会うかというのと、そうでもない。ゆっくり会うことも、お互いに訪れることもなく、時が過ぎていく。また会おうということなら、その場で次に会う場所と時間を決めておかないと、次の機会はやって来ない。

 ご近所の自転車仲間の一人は、一緒に走ったあとは、次に走る日時を決めておこうと言って、必ずスマホのカレンダーを開き予定を書き込む。こうしておけば、まちがいなく次も一緒に走れる。 

 この歳になると、次の機会は日程が許すかぎり早いのがよい。遠すぎる約束をすると生存の確率が低くなる。約束の期日まで元気かどうか怪しいものだ。

 遠い約束はいいこともある。例えば誰かと5年後に自転車で走ろうと約束をすれば、それまでは元気に自転車に乗りつづけなければならない。

 子どものころのように無邪気に「また、あした」と約束をして別れることはなくなった。今は、「また、一緒に走りましょう」という自転車仲間との約束を大切にしている。

また、あしたといって
さよならしたら

あしたもきっと
あなたに会える

ちかいうちに会おうねといって
別れてしまえば有効期限が曖昧で

いつか会えたらいいねなんて
約束ともなくいっていたら
フェードアウトしてしまう

必ず会うためには
時と場所の座標を描く
あるいは
また、あしたと
呪文を唱える


2025年8月2日土曜日

長楽寺を訪ねる

  猛暑のつづくこの時期、高齢の我が身を考えれば、自転車に乗らないという選択肢もあってよいと思った、が、ちょっと待て。乗らないという選択肢を加える前に、熱中症の危険がない走り方を考えるべきだろう。 

 苦手な早起きをして朝早くから走れば、暑くなるまでの3時間、50㎞くらいは走れる。早朝の50㎞のコースとなると、鈴鹿市の椿大社は恰好の目的地だ。往路は上り坂が多くて力がいる。その分帰路は快適だ。気温が上がるころにペダルが軽くなるのがありがたい。

 今日(729日)は6時に家を出ようと思っていた。起きるのが遅くなってしまった。腹づもりの1時間遅れで家を出た。

 いつものように椿大社まで行くか、と思いながら走りはじめた。同じ道ばかりではつまらない。往復50㎞ほどの距離で、行きは登り道でも帰りは無理をしなくてよいコース。この条件に合う目的地が他にないものか。

 少し走って思いついた。関ヶ原方面へ行くときに巡見街道を通る。街道の標高が最も高い辺りに長楽寺という禅宗の寺がある。最も高い場所なので、長楽寺まで行けば道は必ず下りに変わる。チョー楽になる場所だとは思っていたが、いままでその寺を訪ねたことはない。

 いなべ市藤原町(しの)(だち)。巡見街道から脇にそれて長楽寺参道を登る。街道から500mほどの参道は激坂で、自転車が前に進まない。自転車に乗っているのに蚊に喰われ虻に噛まれそうだ。

 登るのを諦めかけたときに本堂の屋根が見えた。最後のひと漕ぎ。辿り着いた境内に人の気配はない。本堂の裏手に秘仏馬頭観世音菩薩が安置される観音堂がひっそりと建つ。

 我が家から長楽寺まで23㎞、何と椿大社までと全く同じ距離だ。寺の由緒や境内の静謐さよりも、この偶然に感激した。

 近くの中里ダムを周って帰宅すると、走行距離は測ったように50㎞。朝の涼しい時間に走れる絶好のコースだ。自転車に乗らないという選択肢よりも長楽寺ライド。早く起きた朝は、またここまで走ってみたい。

ここに来るとは
思いもしなかったのに

いまこうやって
ここにいる

あなたにめぐり会うとは
思ってもみなかったのに

いまこうやって
ここにいる

今年の夏の50㎞は
来年の夏が来ても
同じ距離だろうか