'26.1.1 新しい年を迎える

2025年11月29日土曜日

オフロードを走る

  オフロード、ダートコース、あるいは未舗装の道。子どものころは、そんな道ばかりだったような記憶がある。

 生まれ育った家は集落の真ん中にあって、謂わば村のメインストリートに面していた。路線バスが家の前を走っていた。そんな道でも未舗装だった。雨の日など、バスが跳ね上げる泥水が玄関先にまで飛び込んだ。バス以外に自動車が通ることは少なかった。

 子ども用自転車に乗って、水たまりのできた雨上がりの道を走るのは楽しかった。車輪の跳ね上げる水しぶきで自転車のスピード感が増したのかもしれない。自転車や靴、ズボンの裾が汚れるのも構わずに水たまりを選ぶようにして走った。 

 近ごろでは、未舗装の道に出合うことはめったにない。田舎の田んぼ道まで舗装が行き届いている。マウンテンバイクで林道などを走っても簡易舗装くらいはしてある。若い頃にオフロードを走るオートバイに乗っていたことがある。その頃にはまだ舗装のしてないオフロードが残っていた。不整地や砂利道を走るのは面白い。

 タイヤのグリップがきかない砂や泥の道ではハンドルをとられやすい。アクセルワークやブレーキの使い方で車輪がスリップするのを利用して、不整地ならではの走り方を楽しめる。今もオフローダーと呼ばれるオートバイや四輪車に乗っている人は多い。乗ってはいても能力を発揮する場所は少ないだろうオフロードなど走ったことのない、格好だけのオフローダーもあるのではないか。

 マウンテンバイクで久しぶりにオフロードを走った。ぬかるんだ道、砂利道、小石の浮いた道や大きな石の転がる道。舗装された道とは違う野性味。飼い慣らされていない太古の道だ。子どものころに走った道をなぞるように走る。タイヤを伝ってくる路面の感触が舗装された道とは違って優しく懐かしい。

樹と風、砂利道

枯草と雲、石ころ

落ち葉と晴れ間、水たまり

素面の地面を走る

太古からつづく道を走る

2025年11月22日土曜日

何が本当なのか

  少し前に出会って、ここにも書いたE-bike HEY BIKEのことが気になったので調べてみた。知らなかっただけで、ネット上にはHEY BIKE関連の情報が既にたくさんある。メーカーのホームページは勿論、YouTubeの動画でも数多く紹介されていて、今盛んに売り出し中らしい。

 小さくて太いタイヤの自転車は誰が乗っても安定がよさそうだ。太いタイヤは重いけれど、そこは電動モーターがアシストしてくれる。電池が大容量なので、力が強く航続距離も長い。急坂もぐんぐん登り遠くへも行ける。前後にサスペンションがついているので、身体に伝わる振動が少なく乗り心地がいい。折畳みができるので、車に積んで目的の場所まで出かけてから乗ることもできる。いいとこだらけだ。

 なるほど、これは優れモノだ、と思ってYouTubeの動画を何本も観ているうちに気が付いた。どの動画でも、紹介している内容がほとんど同じなのだ。性能や特徴の説明から、実際に乗ってみた感想までがよく似ている、というよりほぼ同じ。YouTubeの配信者が、メーカーから依頼されて売り込みどころを紹介しているのではないかと思えてしまう。

 知らなかっただけで、ギフティング(無償提供)という企業の宣伝方法はよくあることらしい。自社製品やサンプルを提供して、特徴や使用した感想を動画やブログで紹介してもらう。ただで製品をもらえば、いいとこばかりの紹介になるのは当たり前だ。無料で製品をいただければ、このブログでだって、最上級の褒めことばで紹介させていただく、が、そんな申し出はまだ一度もない。

 HEY BIKEはいざ知らず、多くの人がメーカーにおもねって製品を褒めた動画が配信する。メーカーの製品情報を見れば、今だけお買い得、特別価格などと謳っている。いい話ではあるが、にわかには信用できない。嘘くさい。信用すべきではない。信頼できるメーカーのものか、確かな人が薦めるものか、吟味しなければならない。


この晩秋の澄んだ空の下

自転車で駆ける爽快

誰もが口にする
きまり文句や
ありきたりの言葉は
ここに残していく

張り巡らされた
バーチャルの網を
突き破って飛ぶ



2025年11月15日土曜日

自転車生活13年

  子どものころから乗っていた自転車とは訣別したと思っていた。再び自転車と出会ったのは60歳のときだった。あれから13年、13年は長い。

 小学校に入学して高校を卒業するまで12年。個人差はあるが身長は倍近くになり、体重も2.5倍くらいにはなるだろう。経験と知識、身体能力は何十倍、何百倍か。

 学生時代を終えて中学校の教員に奉職し、教諭として12年間教壇に立った。1年生を2回、2年生を3回担当し、残りの7年間は3年担当という偏りがあった。授業をした経験は12年間でも、経験を積んで授業技術が多少は向上しただろうと自分では思う。

 学校を離れてイギリスのロンドン補習授業校に3年間勤務した。その間、教頭職扱いということだったので授業はしていない。それ以前に1年間、内地留学で大学へ通って研究をさせてもらった。教育委員会事務局にも8年間在籍した。学校以外での仕事が合わせて12年になった。変化に富んだ12年間だった。

 再び学校に戻って、教頭職で5年、校長職で8年、都合13年間仕事をさせてもらった。13年も続けていれば、少しは経験値も上がる。新米の頃と較べれば仕事に余裕があったはずだ、と自分では思いたい。

 学びや仕事の区切りが123年ごとに訪れたとすると、自転車生活も13年になって一区切りの時期を迎えている。加齢とともに自転車で走る距離が減るのではないか、疲れが残るのではないかと、尋ねられることがある。自分ではそうは思わない。

 瞬発力も持久力も衰える。反射は鈍るし痛い所は増える。当たり前だ。当たり前だが、自転車について知ることが増え、乗り方を工夫すれば、衰えを補うことはできる。13年も乗っていれば、賢い付き合い方も覚える。乗り始めたころよりも楽に乗れている、気もする。

123年の周期でやってくる変わり目を乱暴にまとめればこんなところだ。次の一区切りはどこになるのか、それは皆目見当がつかない。

連なっていく日々

とどまりつづける日々

いづれどこかで区切りをつける

同心円状にひろがっていく日々

同心円を積み重ねる日々

きっとどこかで変わり目を見つける

2025年11月8日土曜日

幸せな自転車乗り

  自転車乗りには二通りのタイプがあるようだ。休憩していて出会ったり、同じペースで走っていたりすると、どうぞ声をおかけくださいというオーラの出ている人と、見えないバリアがあって話しかけるのをためらってしまう人とがある。

 先週、桑名の赤須賀漁港で出会った男の人には、自転車のこと何でもお話ししましょう的雰囲気が漂っていた。年の頃なら40歳前後か、のんびりと走る姿が楽しげである。

 その人の自転車が、また、変っている。小さな車輪は20インチくらいなのにタイヤが異様に太い。オートバイのタイヤほどもある。マウンテンバイクのようなフレームに太いタイヤをつけたファットバイクは知っているが、小径車のファットタイヤは見たことがない。

 後ろから並びかけて、「太いタイヤですねぇ」と自転車の主に声をかけた。「これ、面白いでしょう。ちょっと止まります」といってその場で自転車を止めて見せてくれた。 「このタイヤ、見てください。どこでも走れそうでしょう」。見ると、マウンテンバイクに使うようなブロックパターンのタイヤである。

 電動アシスト付き。フロントフォークとサドルの下にサスペンションが備わっている。やはり20インチの小径車だ。タイヤの幅が4インチというから何と10㎝もあるのだ。

 買ってひと月にもならないのでまだ慣らし運転中、低い山には登ってみたので次はダートコースや砂浜を走ってみたいとの由。自転車の性能や自分の自転車歴をひけらかすわけでもなく、自転車を手に入れたこと、今それに乗っていることが嬉しくてたまらないという話しぶり。自転車との幸せな関係が伝わってくる。

 HEY BIKEという自転車だと教えてもらったので、帰宅して調べてみた。今、売出し中の優れものらしい。新種のバイクを手に入れて、心底楽しむ。楽しみを誰にでも伝え拡げる。幸せな自転車乗りとはこんな人のことをいうのだろう。

最高の幸せ
またとない幸せ

安っぽい幸せ
ありふれた幸せ

幸せの姿かたちを
見たことはないが

誰かと何かと一緒になって
幸せが姿を見せることもある

2025年11月1日土曜日

今さら言えない小さな秘密

  長年秘密にしていて今さら言い出せなくなったことを、ここで告白しようというのではない。『今さら言えない小さな秘密』という映画の話である。

 原作はジャン=ジャック・サンペの同名の大人の絵本。2019年にピエール・ゴドー監督・脚色、ブノワ・ポールヴールド主演で映画化されている。

 主人公のラウル・タビュラン(ブノワ・ポールヴールド)は南仏プロヴァンスの美しい村の自転車屋。村人は自転車のことをタビュランと呼ぶくらいで、彼は自転車の代名詞なのだ。

 その彼が実は自転車に乗れない。どんなに練習をしても乗れない。乗ろうとすると必ずこける。映画では、横ざまにこてんと倒れるシーンを子ども時代のタビュラン役の男の子が上手く演じている。

 修理の名人、自転車の神様のような人が自転車に乗れない。この小さな秘密が、というより、タビュラン本人にも映画を観ている者にも大きな秘密だが、悲哀を感じさせ、事件を巻き起こす。

 ストーリーもさることながら、映画に出てくる自転車がいい。できれば、自転車の登場するシーンを静止させて眺めていたい。タビュランの店に置かれている自転車、タビュランが修理した村の老婦人の自転車。

タビュランの子ども時代の自転車も成長して父親からプレゼントされた自転車も薄いターコイズブルーの素敵な自転車だ。持ち主に乗って欲しいと哀願しているようなたたずまいを感じる。自転車もそれぞれの役どころを演じている。

残念ながら、原作の絵本にはまだ出会えていない。町の図書館にも近くの書店にもない。テーマや筋書きを原作でも確かめてみたいが、自転車の絵がどう描かれているか、そこが一番興味のあるところだ。

ここにいることは
いつわりではない

ここにいることは
ごまかしでもない

ここにいるということを
だれにもいわないだけだ
だれにもいえないだけだ

いつわりでもない
ごまかしでもない
ひそかなとまどい