二十歳(はたち)の自分にもどりたいか。ちょっと前に、学生時代の後輩が拙宅の前を通りかかり、車から降りて立ち話になった。開口一番、若い頃と体形も変わらず元気そうだと褒めてもらった。お世辞でも嬉しい。その後輩も、若いころとあまり変わりはない。彼が、二十歳のころにもどって独りになれる時間が欲しいと言っていた。二十歳の自分にもどって何をしたいのか訊いておけばよかった。
二十歳の自分にもどりたいなどとは思ったことがなかった。変哲のない人生を50年も生き直すのは退屈で面倒だ。自分が二十歳にもどれるとして、その時点で生活している二十歳の自分はどうなるのか。若い自分を人生から押しのけないとその場にはもどれない。今年98歳になる父に、48歳までもどってもらうことになるし、72歳で他界した母には、生き返ってもらわなければならない。それは嬉しいことだ。周りの条件を整えないと、自分だけ二十歳にもどるという勝手は許されない。
そんなことを考えていたときに、偶然、ケン・グリムウッドの『リプレイ』(新潮文庫,1990)という小説を読んだ。リプレイとは再生、生き直しの話である。ラジオ局のニュース・ディレクタ―、ジェフ・ウィンストンは1988年に43歳で突然死を遂げ、1963年の同じ日に18歳にもどって、大学の寮で目を覚ます。
そのときに学生のはずのもう一人のジェフがどうなったかはっきりしないが、そこはあまりこだわらずに読み進める。ジェフは、記憶や知識はそのままで若返る。記憶をたどって競馬の大賞レースの勝ち馬券を買い、野球賭博で大穴のチームに賭けて圧勝する。それを資金に将来の(彼にとっては過去の)優良企業に投資し財を築く。
満ち足りた生活は、43歳でまたもや終焉を迎え、再び18歳で生き返る。その繰り返しにジェフは焦燥にかられる。決まって43歳で人生を終えるときの喪失感に悩む。なぜそうなるのか、原因探しに躍起になる。やがて、再生の時期にずれが生じ、元の人生に戻るというストーリーにはやや無理があるが、人生のやり直しについて考えさせられる。若がえりのことを思っていたら『リプレイ』に出会い、主人公ジェフは若がえりの連鎖に苦悩し、期せずして若がえりの連鎖に引き込まれた。
ジェフのように若がえるのも、一度くらいなら悪くない。若がえりの連鎖の中に自転車のことを想定しておけば、70歳間近の自分の体力を見越して、早くからトレーニングを積むことができるだろう。50年前には新しくても、今ではレトロで希少価値のある自転車を手に入れておいて、大切に乗りつづけいるかもしれない。ところが、二十歳のころの自分は自転車に無縁だった。せっかく若がえっても、そこに自転車がなければつまらない。若がえりはできなくても、日々の連鎖の中で自転車に乗りつづけられることで今は満ち足りている。
![]() |
はるばる来た道をもどれば 若がえることはできるが ふりむかずに前にすすむ |
![]() |
今年は今年の夏の中にいると もう秋の気配が近づいてくる 春にもどれば若がえるけれど つぎにくる秋を待って楽しむ |
![]() |
若がえらなくても 今も若いつもりで 林のなかにあそぶ |
![]() |
川であそんでいると 若がえるのかどうだか 若いつもりにはなれる |
![]() |
若がえったとしても 何年もたたないと 自転車には出会えない |
![]() |
若いころにはオートバイとしか出会いがない 自転車と出会うためにはここから30年かかる 上の2枚の写真は同じ友人が撮影してくれた 思えば長い年月を一緒にあそびつづけている |
先日NHKでCOOL JAPANという番組を観ました。60代くらいの中高年が、大型バイクに乗って楽しんでいるようす。自分の若かったころを懐かしむのか戻りたいのか、ツーリング同好会で走ったり、なかには大きなマンション自体がバイク愛好家用に設計されてあるものもあり。1階から専用エレベーターにバイクを乗せて移動、各部屋にはショーケースのような空間がつくってあり、リビングルームからいつも自慢のバイクが眺められるという凝りよう。
返信削除大型バイクショップでは、オールドファンにとって垂涎もののナナハンが紹介されていて、ホンダ、カワサキなどの名車は500万円以上の値段がついていました。
私も昔、ナナハン所有者の一人でしたが、処分するのに1万円取られました。
今思えば、丁寧にメンテナンスをして持っていれば結構な価値になっていたかと思うと、残念。競馬の勝ち馬券がわかるように旧型バイクの高騰価格を読んでいれば・・・
ブログの話と逸れてしまって自分のことを書いてしまい、失礼しました。
MARIOさんのこれまでの人生は、ブログで察する限り十分に満足いくもので、
若いころに戻る必要などないと思います。
今回の写真でのようすなど、実に生き生きとしていて、最後にある若かりしツーリング写真と遜色ないというか、年輪を重ねた渋みがでています。やはり人間は、その時そのときを楽しみ、満足感を味わっていくのがよろしいかと存じます。
べーえんべーさんも大きなオートバイに乗っておられたのですね。ときどきは無性に乗りたくなるときがありませんか。NHKの番組で紹介されたような中高年のライダーの様子を見ると、なおさらのこと、血が騒ぐとか…。若がえりができれば、大きなオートバイもいいでしょうが、この歳になると、オートバイを操るよりオートバイに操られるのではないかと心配です。私は、大きなオートバイの性能を引き出すような乗り方はできないような気がします。
返信削除オートバイの魅力は捨てがたいですが、今は、とにかく自転車。ないものねだりはしないで、身の丈に合わせて楽しめたらいいと思っています。渋みとまではとてもいきませんが、無理をしないで、歳相応に、ゆったりと自転車と付き合いたいです。