冬をむかえる

冬をむかえる
'25.1.22 山を見て走る

2021年8月28日土曜日

髭の理由

  余は何故なにゆえ髭をたくわえるようになりしかまずは、憧れ。若い頃に観た映画のアラン・ドロンはきれいな顔をしていたが、髭もよく似合った。マンダム化粧品のCMで見た、チャールズ・ブロンソンの髭よかった。二人は、映画『さらば友よ』『レッド・サン』で共演しているが、両作品ともドロンには髭がなく、ブロンソンある。ブロンソン印象

圧巻は、ルキノ・ビスコンティ監督の『山猫』に登場するバート・ランカスターの髭である。『山猫』にはアラン・ドロンも出演していて、その髭も似合っているが、ランカスターの髭は格が違う。若いころには、自分も髭の似合う大人になりたいと思った。何度か髭を伸ばしたこともあるが、どうもしっくりこなかった。

二番目の理由は髭が必要になったこと。35年も前になるが、ロンドンの日本人学校で3年間仕事をした。ロンドン大学の学生課へ日本人学校の講師探しに行く機会などがあったが、こんな若造が何をしに来たのだという扱いを受けたりした。国の内外を問わず、若く見られることは、交渉や頼み事には不利である。

そこで髭の出番。大した髭ではないが、多少は老け顔になって、実年齢に近づく。髭を蓄え、服装もそれなりに整えれば、「This gentleman is~(この人が~)」と大人扱いされる(ことも多くなった)。髭は外国生活の必要条件だった。その後は、一度も剃り落としたことがない。初めて会う人に「髭の~」と覚えてもらえるので都合がよい。

職業柄、教頭や校長の昇任試験を受けた経験がある。面接試験の前になって、髭を剃る人もいたが、私は髭面だと合格しないような面接試験なら、そんな試験は合格しなくてもいいと思った。無精ひげはマナー違反だとしても、整えてあれば、大した髭でなくても顔の一部である。校長室に掲げられた歴代校長の写真の古いものは口髭のある肖像が多い。昇任試験では髭を剃って、校長になったあとで髭を伸ばすのは詐欺である。仕事や役職を辞したあとで、髭を蓄えるというのも節操がない気がするが、人のことは関与の外である。

髭のことに終始したが、トラック競技でもロードレースでも、プロの自転車乗りに髭のある人は見かけない。脚の毛も剃り落とすというのだから髭は当然きれいに剃るのだろう。空気抵抗を減らすためとも、怪我をしたときの治療を受けやすくするためともいう。グラム単位で自転車を軽くするのだから、髭の重さも多少は関係するのか、髭が競走には不利になるのだろう。

自分の場合は、自転車で速さや走行距離を競うわけではないし、怪我のリスクも低いと思うので、髭の有無にこだわる必要はない。40歳ころから後に出会った人は、私の髭のない顔を知らない。昨今はマスクが必需品で髭は見えないが、髭のある顔を覚えてもらっているので、この先も髭を落とす予定はない。棺桶の中でも髭はつけたままにしておくつもりである。


今年の夏は雨続きで
自転車に乗れない日が多かった
雨の中でも自転車に乗った

ゆっくり自転車を楽しむ分には
髭は全く邪魔にならない
遠目には髭があることも判らない

若いころは何となく
髭を伸ばしてみたりしていた
髭の写真を公開するのは
あまりいい趣味ではないか

髭の効用が判って
本格的に伸ばし始めたころから
髭のない私の顔はない

髭とはこうやって
ずっと付き合っていくつもりだ


2 件のコメント:

  1.  祝!『日々是自転車』100号達成、おめでとうございます。
    私はてっきり到達記念に一味違う内容を用意されるかと思いましたが、浅はかでした。
    MARIOさんは私のような凡人の域を脱していました。私はつい数字に拘ってしまうところがあり、自転車ならやれ5000㌔突破だ、あと少しで10000㌔だとか、器が小さい。今日はav20、max50越えたぞ、など恥ずかしい限り。
     ほんのちょっとしたことで一喜一憂せず、もういい年なんだから何事も達観できるようにならないといけませんね。
     さてあのお髭は日本人学校のことがきっかけで、30代後半からずっと伸ばして見えるとのこと。何より驚くことは、周りの気配やムードに流されない一貫性が素晴らしい。
     ここに出ている写真を見る限り、若い時より現在のほうがよりしっくりサマになっています。人生という年輪をかさねている重みを感じさせます。
    有名な映画俳優たちも年相応の渋いお髭になっていきます。
     『日々是手入れ』を怠らず、ダンディズムを追求してください。

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  2.  べーえんべーさんには、100回もお付き合いをいただいたわけですね。私も、100回になるかと我ながら密かに感心するところもありました。毎回、お褒めをいただいたり、励ましていただいたり、温かいコメントを寄せてもらってありがとうございます。

     100本書いたら、もう100本書くぞとつい思ってしまいますが、公言するのを避けているだけというところもあります。自転車の走行距離も、今日は100㎞乗りたいとか、今月はあと200㎞走っておきたいとか、常に目標のようなものはあります。それを吹聴するのは趣味がよろしくないようですが、密かな目標や企みがないと面白くないような気がします。

     寄る年波には勝てないなどといわず、どんな波にもしっかりと乗りきって、ガッツポーズをきめたいと思っています。年輪は無駄に重ねているだけかもしれませんが、まぁ、マイペースでのんびりと行くつもりです。

     達観してしまうと、世の中面白くないかもしれません。焦ったり揺れたり、憤ったり愚痴をこぼしたりしながら、ぎなぎないきます。

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