冬をむかえる

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'25.1.22 山を見て走る

2022年9月10日土曜日

ロシヤオオタキの話

 高校生のころ、三岐鉄道北勢線の北大社駅から電車に乗って学校へ通った。駅前には自転車預り所があった。月極で料金を払い自転車を預ける。自転車は高価で、丁寧に扱うべきものだったのだろう。

 毎朝電車の発車時刻ぎりぎりに駅に着いて、預り所の軒先に自転車を乱暴に停め電車に飛び乗る、そういう不届き者も何人かはいた。帰りの電車から降りて預り所へ行くと、自転車は整然と屋内に並べてもらってあった。

 当時の北勢線は車輛の乗降扉が手動式だった。先頭の乗客が留め金をくるりと回して、ロックをはずす。重いハンドルを手で引いて扉を開けて乗り降りした。手動の扉はいつしか自動扉に変り、いくつかの駅は統廃合された。北大社駅も駅前の自転車預り所も姿を消した。

高校3年生の夏休み、受験のための補講を受けに学校へ出ることがあった。いつもよりは朝が遅いので、駆け込み乗車をしなくてもゆとりがある。ホームで電車を待っていると、親子づれがホームに上がって来た。平仮名を習ったばかりらしい男の子が、駅名標(ホームの駅名を書いた看板)を声にだして読みはじめた。

「ろ・し・や・お・お・た・き」、「ねぇ、おかあさん、ここに滝があるんだね」、「だって、ロシヤオオタキって書いてあるよ」。その子は、大きく書かれているひらがなの駅名をうしろから読んだのだ。

 ロシヤオオタキとかわいい声でいわれてみると、滝の音がどこからともなく響いてきた。暑くなり始めている夏の朝の空気が、すこしひんやりとした。その朝は自転車を丁寧に駐輪して、ゆとりをもって電車を待った余得だった。

なくなった北大社駅の駅名標が、今も我が家の近くの集落センターに立てられている。あの時の男の子を真似て、「ろ・し・や・お・お・た・き」と声に出して読んでみる。自転車と電車を乗り継いで、学校へ通った夏の日が懐かしく思い出される。

ロシヤオオタキを見つけた男の子は
今はどうしているだろう

声に出してみると
水の流れが
大きな滝になる

夏の終わり
今年の夏の思い出と
昔の夏の思い出が混じる

思い出は私の後ろにつづいていく

今年の夏の思い出にも
またいつか再会する








2 件のコメント:

  1.  今回のタイトル、「ロシヤオオタキ」ときいて、はてどんな滝だろうと思うのは、普通ですよね。
    そんな滝がロシヤのどこにあるのだろうと考えながら、浮かんだのが、大瀧詠一作曲『さらばシベリア鉄道』です。

     このブログのアウトナンバーに、ジョルジュ・ムスタキのお話がありました。ムスタキの曲がテレビドラマの挿入歌として流れ、ヒットしていた頃。自分は大学生で毎日、自由の身。
    MARIOさんと音楽の趣味が合うなら、当時はマイナーだった大瀧詠一はご存じだろうとの直観でした。

     まあそれはさておき、読む進んでいくと、キタオオヤシロを逆から読んだ親子連れによる一時の清涼剤とは、恐れ入りました。でも50年以上も前のことを鮮明に記憶されていて、駅名標をすぐに写真にアップされるとはすばらしい。
    しかしこれは傑作だと思います。大人がこんな発想は無理です。

     ついでに、つまらない回文を二つ。
    ・スマイル猿、います (すまいるさるいます)
    ・リムジン展示無理 (りむじんてんじむり) 失礼しました。

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  2.  古い駅名縹を見て、ああ、そういえばずっと昔むかしの夏休みに、面白いことがあったなぁと思い出した次第です。何でも面白がる高校生だったので、ウケを狙って何度も友だちとの話のネタにしたので、今でもよく覚えています。

     ロシヤオオタキという響きは大瀧詠一を思い起こさせますね。『さらばシベリア鉄道』をもう一度聞きなおしてみようと思います。

     ロシヤ、ロシア、という音を耳にすると、憤りを覚えたり、辛くいたたまれない気持ちになる昨今ですが、懐かしい平和な話題として聞いておいてもらえたらと思います。

     平がなを習いたてだったらしい男の子は、当時高校生だった私と10歳くらいしか年が違わないとすると、今は60歳くらいになっておられるのではないかと思います。案外、近くにお住いの人かもしれません。その子のお母上も、この話は覚えておいでかもしれません。何かの機会にこのブログを読んでいただければ面白いでしょうね。

     

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