’26.5.8 一期は夢よ

2026年5月9日土曜日

母と自転車

  母は自転車に乗っただろうか。多分、乗っていたと思うが、どうもはっきりしない。大正12年生まれの母は、自動車の運転はできなかった。それは断言できるが、自転車に乗っている姿も思い浮かばない。

 和服か地味な洋服に割烹着。サザエさんの母親、いそのふねさんのイメージが重なる。チャイルドシートのついた電動自転車や自動車で、子どもの保育園の送迎をする今のママたちの姿とは大きな隔りがある。

 (たらい)しゃ洗濯板使って洗濯ていおくど風呂鎌母。さいって火吹手伝記憶ってる。

 自分が子どものころの母といえば、しゃがんで家事をこなす姿ばかりを思い出す。背筋をしゃんと伸ばして、颯爽と自転車に乗る姿は、とうてい思い描けない。

 ひとつだけ、母と自転車にまつわる光景が浮かぶ。現実の出来事だったのか、遠い昔にみた夢か。はっきり区別がつかない。 

 私が4、5歳の頃のことだ。自転車の後ろの荷台に乗せてもらって、母の実家へ行った。帰り際、母の乗る自転車が走り始めようとした矢先に、小さな私は荷台から落ちて地面に転がった。大泣きしている。

 それを見ていた母の兄が、母を叱った。危ない乗り方をするなとか、もう自転車に子どもを乗せるなとか、母を叱りつけている。あとでこの話を聞いた私の父が、重ねて母を叱った。叔父と同じような小言を繰り返した。

 「後ろを振り向いて、従兄に手を振っていたボクが悪いのに、母ちゃんが叱られてかわいそう」、何だか申し訳ない気がしていた。

 かなり鮮明に覚えているので、現実に起きた出来事だったのだろう。母が自転車に乗っていたことの明かしになる。私の記憶の中では珍しい、若い母の姿も懐かしい。そういえば、明日は母の日だ。

その出来事を思い出すかと
問われれば曖昧で

その場面に居合わせたかと
問われればもっとおぼろだ

遠い記憶の中に
溶けている出来事が

私のすぐ近くにやって来て
肩越しにのぞく日もある


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