母は自転車に乗っただろうか。多分、乗っていたと思うが、どうもはっきりしない。大正12年生まれの母は、自動車の運転はできなかった。それは断言できるが、自転車に乗っている姿も思い浮かばない。
和服か地味な洋服に割烹着。サザエさんの母親、いそのふねさんのイメージが重なる。チャイルドシートのついた電動自転車や自動車で、子どもの保育園の送迎をする今のママたちの姿とは大きな隔りがある。
盥の前にしゃがみこんで洗濯板を使って洗濯をしている母。おくどさん(かまど)でご飯を炊き、風呂鎌に薪をくべる母。小さい頃に、母の横に座って火吹き竹で火をおこす手伝いをした記憶がかすかに残っている。
自分が子どものころの母といえば、しゃがんで家事をこなす姿ばかりを思い出す。背筋をしゃんと伸ばして、颯爽と自転車に乗る姿は、とうてい思い描けない。
ひとつだけ、母と自転車にまつわる光景が浮かぶ。現実の出来事だったのか、遠い昔にみた夢か。はっきり区別がつかない。
私が4、5歳の頃のことだ。自転車の後ろの荷台に乗せてもらって、母の実家へ行った。帰り際、母の乗る自転車が走り始めようとした矢先に、小さな私は荷台から落ちて地面に転がった。大泣きしている。
それを見ていた母の兄が、母を叱った。危ない乗り方をするなとか、もう自転車に子どもを乗せるなとか、母を叱りつけている。あとでこの話を聞いた私の父が、重ねて母を叱った。叔父と同じような小言を繰り返した。
「後ろを振り向いて、従兄に手を振っていたボクが悪いのに、母ちゃんが叱られてかわいそう」、何だか申し訳ない気がしていた。
かなり鮮明に覚えているので、現実に起きた出来事だったのだろう。母が自転車に乗っていたことの明かしになる。私の記憶の中では珍しい、若い母の姿も懐かしい。そういえば、明日は母の日だ。
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その出来事を思い出すかと 問われれば曖昧で |
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その場面に居合わせたかと 問われればもっとおぼろだ |
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遠い記憶の中に 溶けている出来事が |
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私のすぐ近くにやって来て 肩越しにのぞく日もある |




20歳で母を亡くしてから50年以上の月日が流れました。記憶は年月とともに遠ざかり、幼い頃の思い出も少しずつ薄らいでいくのを感じています。
返信削除泥だらけで手伝った田植え、稲刈りで左手の小指を切って今も残る傷跡、そして保育園を嫌がって母にしがみついた日の体温……。そうした断片的な記憶を辿るなかで、今回のMARIOさんの記事に触れ、眠っていた風景が蘇ってきました。
当時は歩いて駅や買い物へ行くのが当たり前の時代でしたが、私が急に熱を出したとき、母が自転車に乗せて町医者へ急いでくれたこと、そして授業参観に母が自転車で駆けつけてくれたこと。数少ない「母と自転車」の記憶が、温かな光を帯びて思い出されます。
私の母も、MARIOさんのお母様と同じ大正12年生まれです。同じ時代を懸命に生き、子供を自転車に乗せて走った母の姿に、改めて懐かしさを噛みしめています。
まとまりのない文章で恐縮ですが、大切な思い出と再会することができました。心から感謝いたします。
べーえんべーさんのお母上は若くしてご逝去なされたのですね。二十歳以後のご自分の人生をお母上に報告されたいと思われることもあるでしょうね。
返信削除私の母親も同じ時代を生きた女性なので、母親像には共通するものが多いと思います。 普段はあまり思わなくても、何かのきっかけで鮮明に思い出す場面があるのも多分同じでしょうね。
自転車にまつわる母親の思い出がふとよみがえったので、書き留めてみましたが、折に触れて母親はどんな風にしていただろうかと考えることがあります。
時には自転車が思ってもみないところへ連れて行ってくれる。そういう意味では、こんな話題も「日々是自転車」です。