’26.5.8 一期は夢よ

2023年2月4日土曜日

随時・漸次・暫時

  週は3日ほど雪に降り込められた。我が家の周辺では積雪は10㎝程度だったが、気温が低いせいか、路面が凍結してアイスバーン状態が続いた。昼間になっても、道路はスケートリンクのようで、自転車には乗れない。マウンテンバイクで少し走ってみた。ブロックパターンのタイヤでも、ブレーキは効かない。横ざまにタイヤをすくわれたら、瞬時に転倒する恐れもある。走るのは諦めた。

 毎日のように自転車で出かけるのに、家に居なければならないとなると、さぞ退屈だろうと思いきや、そうでもない。日頃やりたいことが、自転車に乗ること以外にもたくさんある。今日は自転車に乗れない、乗らないと決めれば、むしろ気分的にゆっくりする。時間をかけて普段やれないことができる。

 時間ができたら作ろうと思って、プラモデルがいくつも買ってあるが、手つかずのままだ。カリグラフィーという西洋ペン習字もやりたい。手本やカリグラフィー用のペンも買い込んであるが、これも手をつけずにいる。本も読みたい。最近は読書の時間が少ない。読みたい本が机の上を占領しがちになっている。映画も観たい。観ておきたい映画の候補が何本もある。

 自転車の改造などを考えていると、もっと時間が欲しい。ホイールを換装したいと思う。今の自転車の緒元を確認し、互換のある部品をカタログで調べる。型番が判ればネットで値段を確かめる。必要な予算をみて思案し、高すぎるので諦めて次の候補を探す。こんなことを繰り返していると、一日がアッという間だ。

 随時(ずいじ)やること。漸次(ぜんじ)始めたいこと暫時(ざんじ)は手をつけずにおくこと。その見極めが難しい。漸次体力が衰えて、随時自転車に乗れなくなってもできることは、暫時先延ばしをするとして、その頃に気力があるかどうかは疑わしい。天気がよくても自転車に乗らないという手もあるが、今のところそれは無理というものだ。


随時、道を見極める

進退窮まる

漸次、新しい道が現れる

今朝の新世界

暫時、雪国的抒情の中を行く

次の朝には早春賦がきこえる




2023年1月28日土曜日

走行会のこと

 仲間うちでは走行会と呼んでいる。特にグループの名前があるわけではない。イベントを企画するわけでもない。週に一度、メンバーの都合を考えて集まり近場を走る。普段は4人のメンバーの家からほぼ同じ距離にある、三岐鉄道北勢線大泉駅隣で地元の野菜などを売る「うりぼう」に集まる。全員が参加できて、雨が降らないことが開催の最低の条件である。

 これまで、ロードバイクかクロスバイクで走っていたが、昨年メンバー全員がマウンテンバイクを手に入れたので、走り方が変わった。近場の道は走り尽くした感があったが、マウンテンバイクで走るようになって、コースのバリエーションが増えた。何年も前からマウンテンバイクを所有していた者もいるが、最近手に入れたメンバーが一人いる。新しく乗り始めたメンバーにも無理のないダートコースや林道が走行会の選択肢に加わった。

 クロスバイク・ロードバイクで走るか、マウンテンバイクにするか、事前の打ち合わせ事項が一つ増えたが、どちらにするかは思いつきで決めている。昨年1年間の記録を集計したところ、クロスバイク・ロードバイクで走った回数が15回、マウンテンバイクで走った回数が16回だった。走行距離はというと、前者が522㎞、後者は525㎞。計算して走ったように、回数も走行距離も同じである。一回おきに乗るとか、毎回の走行距離を決めているというわけではない。思いつきで自転車を選んでいて、この結果は奇跡である。

 平均年齢70歳以上のメンバーの勘と知恵はあなどれない。走り方は入門ライダーの域を出ないが、それなりの結果はきちんと残す。仲間うちで何でもないことを褒め合い、自画自賛し、がんばり過ぎないようにがんばる。高齢者の走行会は今年も同じようなペースでつづいていくだろう。 

あちらへ行くか
こちらにするか

あれをしたり
これをしたり

あちらを向いたり
こちらを向いたり

あれも試し
これも試す

ここで停まり
ここで考える

こちらから
あちらへと
越えていく
進んでいく


2023年1月21日土曜日

いきはよいよい

 ここ数年、新年初の遠乗りには一人で名古屋の熱田神宮へ行く。何となく今年も行ってみるかという軽い気持ちで出かける。この寒い時期に往復80100㎞の距離を走れるか。気持ちと身体の力試しのようなところはある。

 今年も、先週になって、穏やかな天気の日を見つけて出かけた。往路は、長島から木曽岬へ向かい、飛島村、十四山村を抜けて名古屋市に入る。走りながら、ふと心に浮かんだ歌がある。「いきはよいよい、かえりはこわい」。

何度も走ったことのあるコースなので、力の配分はわかっているつもりだが、途中天候や風向きが変わることはないだろうか。50㎞往ったら、50㎞を帰らなければならない。今回に限ったことではないが、自転車の遠出にはいつも同じ不安がつきまとう。

「とおりゃんせ、とおりゃんせ、ここはどこの細道じゃ」と口ずさみながらペダルを漕ぎ、漕ぎながら考える。童謡の「いきはよいよい、かえりはこわい」とはどういう意味なのか。自転車の遠乗りの歌でないことは確かだ。

 「子どもが七つになったので、お礼詣(れいまい)りがしたい」「7歳までは神様の子として守られているが、これからは、自分で生きていかなければならない。お(まいり)帰り道からはこわいことになる「こわい」には「たいへんだ、難儀だ」という意味もある。

 「いきはよいよい」の「よいよい」は「やっと、何とかして」の意味があり、「往路はやっとの思いで来たが、帰りはもっと大変だ」という意味にもなる。童謡の解釈には諸説あるようだ。

 そんなことを思いながら、「いきはよいよい」熱田神宮に辿り着いた。初詣ででもないので、鳥居の外から簡単に参拝を済ませる。帰りの道のりを考えると気が重いが、「帰りは怖い」などと思っていては、一人で遠出はできない。帰り道も楽しんで走りたい。ペースを守ってペダルを踏みつづければ、いずれは無事に帰り着く。


通りゃんせ通りゃんせ
ここはどこの細道じゃ

天神さまの細道じゃ

ちっと通してくだしゃんせ

御用のない者通しゃせぬ

この子の七つのお祝いに
お札を納めに参ります


いきはよいよい
かえりはこわい
       
こわいながらも 
通りゃんせ通りゃんせ


                               

2023年1月14日土曜日

起承転結

 仕事柄たくさんの人の前で話す機会が多かった。中学校の校長をしていたころには、学校の儀式的行事、卒業式や入学式などをはじめ、全校集会でも話をした。

 人の前で話すときは、必ず原稿を書いた。話し言葉で原稿をつくっておけば、途中で話題がそれても原稿にもどればいい。何を言っているのかわからないという混乱は避けられる。短く話言葉で書く原稿にも、起承転結とか序破急という、文章の構成には気をつけた。

 序破急は、もともとは雅楽の曲の構成である。「序」はゆっくりとスタートしていくパート、「破」は静けさを破り拍子が加わる。最後の「急」は、クライマックスに向けてテンポを上げて締めくくる。起承転結でいえば、「起」と「承」が「序」、「転」が「破」、そして「結」が「急」にあたる。形式にこだわりすぎると面白味がないが、自分の言いたいことだけを思いつきで並べても、聴き手や読み手を困らせるだけである。

 自転車に乗る時にも起承転結がある。自転車で家を出る。今日はどこへ行こうか。コースを決めていないことが多い。走りながら風の向きや雲の様子を見て走る方角を決める。あらかじめコースを決めてあるときも、自転車と身体、双方の調子を確かめながら走り始める。徐々に体が温まり、その日のペースが決まる。「起・承」であり、「序」である。

 途中、思いがけない急坂に苦しむ。知らない場所に迷い込む。突然開ける素晴らしい景色に息を呑む。写真におさめたりする。小休止の場所を決める。思わぬ人に出会ったりする。これは「転」、「破」。

帰り道を急ぐ。または、ゆっくりとその日の楽しみをサドルの上で反芻する。無事に家に着けば、簡単に自転車の点検くらいはしておく。「結」であり「急」ともいえる。

 形にこだわりすぎることはないが、形に当てはめると判りやすいことや整理のつくことも多い。ただし、この文章が形にかなというと、しい

新しい年を迎えてめでたい


新しい年を走り始める

山の声を聞いて

道に誘われて

見慣れた場所にも
新しい景色を見る

季節のなかの
1日のなかの
自転車の上の
起承転結


2023年1月7日土曜日

もう1年

  12日が誕生日なので、今年満71歳になった。賀寿に云う古稀は70歳の年祝いで、本来は数え年で祝う。数え年なら72歳なので、古来稀な人生を既に2年も余分に生きた。もっとも、最近は私の父のように100歳くらいにならないと、古来稀なりとは言ってもらえない。

 毎年、初日の出を見に海の見えるところまで15㎞ほど自転車で出かける。今年は、70歳も越えたので、無理をして出かけなくてもいいかという気分になっていた。夜の明ける前から自転車を漕ぎ出して、こけたりしたら大変だ。これまでは、元旦の日の出が見られるかどうか、年末から天気予報を気にしていた。昨年の暮れは、それもあまり気に留めなかった。

 大晦日の床に就くときに、とりあえずはと思い、目覚まし時計を5時にセットした。早起きは苦手な(たち)であアラームってもしもそれに気がつけば、もしも目が覚めれば、そして、もしも支度をする気になれば、自転車で出かけようかと迷いながら就寝した。

 アラームは鳴り、それに気づき、しかも目が覚めて床から抜け出した。外は少し明るい。東の空に雲はない。ご来光は拝めそうだ。例年になく暖かい。自転車を漕ぎ出す気になる。6時、やおら走り始める。空は明るさを増すが、何、慌てることはない。日の出の時刻は72分。1時間ほどかけて15㎞走れば、揖斐川の河口、伊勢湾の日の出に間に合う。

 辺りが少しずつ明るくなり始めて思う。70歳を過ぎたから、何かを始めるとか辞めるとか、もしも80歳まで生きれば、あれを始めるとかこれを辞めるとか、年齢を区切りに使うことはない。

 自転車には乗れる間は乗る。初日の出に間に合うように走れる間は走る。年齢を重ねれば、転倒や事故に遭うリスクは高まるかもしれないが、自分のやりたいことを自分で抑えることはない。自分のやりたいように、もう1年。東の空が明るく赤く染まるころには、出かける前の迷いは消えて、すっかり強気になっている。

曙光が見えて
なお心細い

約束の場に来た安堵

ここに居れば会えるという期待

期待が確信になって
姿をあらわすとき

明るい空の強気

今朝は
見慣れた山が
雪をかぶって高い


 


2022年12月31日土曜日

また、1年

  アッという間に、また、1年が過ぎる。今年も多くの時間を自転車の上で過ごした。  

 4,064 4,086 1,890。これは、今年1年間の自転車の走行距離、単位は㎞。クロスバイク、ロードバイク、そしてマウンテンバイクで走った距離である。合計すると10,040㎞になる。

 それぞれの自転車に乗った回数は、クロスバイクが147回、ロードバイクが101回、マウンテンバイクは回数が少なくそれでも68回。合わせると316回乗ったことになる。午前と午後に別の自転車に乗ることもあるので、日数にすれば200日を少し超えるくらいだろう。

 では、乗車時間はどうか。それぞれ、289時間12分、240時間33分、136時間20分、3台の自転車の上で過ごした時間は、666時間5分という計算になる。不眠不休で27日間乗りつづけたのと同じだ。

 昨年もほぼ同じくらいの距離を、同じくらいの時間をかけて走った。1年間に1万㎞を走るというのがつい目標になってしまいそうであるが、距離を稼ぐことが自転車に乗る目的ではない。走行会仲間も、私が年間1万㎞走れるかどうかということに関心をもってくれる。結果的に年間1万㎞走ることになっても、それを目標にはしたくない。

 次に走るコースを楽しみにして選んだり、行き当たりばったりのコースに思わぬ発見をしたり、好奇心のおもむくままに走る。気が向けば写真を撮り、印象に残ることはブログの記事まとめる。そんなことをしていて、振り返れば、数字が積もっている。かくして、1年はアッと今に過ぎる。これでよい。

 年間の走行距離を半分の5,000㎞程度にすれば、300時間が余る。余った時間に、自転車仲間以外の友人と過ごしたり、別の関心事を探したりすれば、世界が広がって、1年はアッという間ではなくなるかかもしれない。

また、1年が過ぎる

同じ場所に居ても
入れ替わっていく
時間のマジック

季節を眺めている

季節が移っていく

アッという間に1日が暮れる

休んだり
眠ったり
考えたり
するのも
いいかも
 
   付録 1

     附録 2


2022年12月24日土曜日

大人もヘルメット

 自転車用のヘルメットのことは何度もブログに書いた。昨日、朝日新聞に「自転車 大人もヘルメット」という記事があった。「2008年に実施された改正道交法で13歳未満の児童や幼児が乗る時にかぶらせるよう保護者らへの努力義務が定められた」。確かに、子どもたちはヘルメットをかぶって自転車に乗っている。

 「来年の4月からは、自転車に乗る人は全員『かぶるように努めなければならない』と努力義務が課せられる。これまでにも自治体によっては条例で定められてきた」。

 「自転車ヘルメット委員会」では、自転車ヘルメットの着用率に関する全国47都道府県の実態調査を実施した。ほぼ1万人を対象に調査をした結果、自転車ヘルメットの着用率は全国平均で11.2%(189歳)。中でも着用率の低いのは、70代女性の2.1%となる。確かに、ヘルメットをかぶって実用自転車(ママチャリ)に乗る大人はまずいない。

 新聞の記事では、ヘルメットの着用が義務化されていたり、着用義務はない代わりに自転車が安全に走れる環境づくりが進んでいたりする外国の例も紹介されている。自転車用ヘルメットを義務化すると、自転車を利用する人の減少につながるという意見もあるようだ。

ヘルメットを着用するかしないかということよりも、どんなヘルメットならかぶる気になるか、それを考えたらどうだろう。子どもたちがカラフルな自転車に乗って、花柄や楽しいキャラクターのプリントされたヘルメットをかぶっているのは楽しそうで可愛い。空力特性まで考えられた、鮮やかな色のヘルメットをかぶったスポーツバイクのライダーはカッコいい。

 実用自転車に乗る時も、高齢者がスポーツバイクに乗る時も、必ず着用したくなるような、お洒落で素敵なヘルメットはないものだろうか。ヘルメットをかぶりたいので自転車に乗ると思わせるようなものがあれば、着用率はうんと上がるはずだ。


今朝はじめて
山が雪をかぶる

仁王像の頭にもかぶり物

自転車のお洒落も頭から

子どもは初めから
ヘルメットをかぶっている

子どものヘルメットは楽しい

サンタクロースも
トナカイの橇で空を飛ぶとき
帽子の形をしたヘルメットを
かぶっているらしい

夕暮れ時に
自転車に乗っていると
ヘルメットをかぶった
サンタクロースに会える