’26.5.8 一期は夢よ

2025年10月4日土曜日

大きさについて思うこと

  ブログを公開するには、ブログを作成するソフトを使ってページを作る。Googlebloggerという無料のブログ作成サービスを使わせてもらっている。

 無料ソフトでページの書式を作り、更新の度に本文と写真を挿入する。本文は、別に準備をした400字詰めの原稿用紙2枚にぴったり収めると決めている。それをブログ作成ページに貼り付ける。

 ページ作りにはコンピュータを使う。段落や改行もコンピュータの画面上では読みやすいように工夫している、つもりだ。

 公開したページをスマホの画面で開いてみると、どうも読みにくい。作成したコンピュータの画面よりずっと小さい。縦横比や文字の大きさもちがう。改行の位置も変わる。スマホの画面は窮屈だ。

 スマホでブログを見るときも、ウェブバージョンで開けば(画面の一番下で選択可能)、コンピュータと同じ画面が見られる。作り手のイメージに近いが、画面は小さいままなので内容まで違っている気がする。

 最近、車輪の小さなミニベロといわれる自転車に乗ることが多い。ブログの画面と同じで、大きな車輪のスポーツ自転車のイメージで乗ると走りがかなり違う。 この場合は、大きさだけではなくて、性能にも違いがあるのだから当たり前といえば当たり前だ。

 小径車は、走り始めのペダルを踏む力が小さくてすむ。車輪が小さいのでジャイロ効果は低い。不安定で倒れやすいが、傾けやすいので小回りがきく。惰力で転がる力は小さいく高速で走るつづけることは苦手だが、ブレーキはよく効く。

 フレームがあって、二つの車輪があって、自転車であることには変わりがないのに、車輪の大きさが違うと別の乗り物のようだ。ブログのページも自転車も、寸法の大きさだけで本質までが変わったように思わせてしまう。

遠くにあるから
小さく見えているだけだ

遠くにあるからこそ
憧れは強くて大きい

大きいからといって
簡単に見つかるとはかぎらない

小さいからといって
見つけられないわけでもない

2025年9月27日土曜日

お昼は何食べる

 ご近所の人と自転車で遠出をするときは、昼食目当てのことが多い。 「しばらく鰻に行ってませんね」と誰からともなく声がかかる。家から15㎞ほどのところにある、いつもの店まで走る。木曽三川公園の油島大橋東詰から北へ1㎞ほど走ると、「魚信」という川魚料理の店だ。田んぼの中にぽつんと立っていて一見普通の民家のようだ。鰻の蒲焼が絶品でしかもお値打ち。

 「まぐろ、行きましょか」ということになると、名四国道沿い、桑名と四日市の中間あたりにある「まぐろレストラン」まで、やはり15㎞ほど走る。まぐろの刺身が安価にたらふく食べられる人気店だ。

 店の混み合う時間をさけて遅めの昼になるように少し遠回りをして走る。昼食をはさんで全行程で4050㎞くらい走るのがちょうど良い。ささやかな贅沢を楽しむランチのための走行会だ。

 では、一人で遠出をするときはどうかというと、昼食の時刻も場所も、勿論何を食べるかも定まらない。できるだけ走る時間が欲しい。昼食の時間が惜しい。

 ハンバーガーや牛丼のチェーン店のファストフードで済ませる。どこで食べても待たされることがない。店に入る時間も惜しいときには、コンビニでサンドイッチやおにぎりを買う。 食べたい物を食べたいときに食べる。空腹を感じて身体が食べ物を欲しがるときが昼食時だ。

 日常の食事でも、身体が欲しがるものを、欲しがるときに食べていればいいと思っている。健康志向の雑誌の記事にあるように、あれを食べろ、これは食べるなといわれ、食べ方まで指示されては食欲も減退する。

 遠くまで走る日は昼食をジャンクフードで済ませ、美食ともゆったりした食事時間とも縁がない。食べるものがあるだけで十分だ。空腹を感じたら食べ、渇きを覚えたら飲んで、走りつづける。先を急ぐ。それでも気儘で幸せな時間なのである。

小学校の給食で出される
卯の花煮が食べられなかった

無理に食べれば
栄養も毒にかわる

偏食のリベンジ

ジャンクといわれようが
出来合いといわれようが
好きなときに
好きなものを
食べて走る

2025年9月20日土曜日

銀輪が消える

  自転車といえば銀輪。銀輪といえば自転車。その銀輪が消えつつある。実用自転車のリムは今もアルミニューム合金製のものが多く銀色に光る。ところが近頃のスポーツ自転車には銀輪が使われていない。

 自転車のホイールはタイヤを嵌めるリム、車軸(ハブ)とそれをつなぐスポークから成る。それが、アルミ合金やステンレスで作られていれば、素地が銀色なのでまさしく銀輪というわけだ。

 私がスポーツ自転車を始めたいと思ってカタログを集めていた13年前、多くの自転車にはまだ銀輪が使われていた。ところが、今、スポーツ自転車の車輪はほとんどが真っ黒。その方が精悍そうで高級に見えるのだとか。ちょっと同意しかねる。

 10年ほどの間に銀輪を奪った犯人は軽くて丈夫だが高価でもあるカーボンという材料ではないだろうか。もう一人の犯人はディスクブレーキか。リムでブレーキを効かせる必要がないのでリムを黒く塗装できる。

 黒いカーボン製の軽量リムにディスクブレーキをつけた高級自転車が流行り始めると、入門用のスポーツ自転車もそれに倣う。スポークやハブまで黒く塗られる。スポーツ自転車からは銀輪が消えていった。

 通学にスポーツ自転車を使う高校生を多く見かけるようになった。朝の風をきって登校する自転車の列から銀輪が消える。朝の光に照り映える銀輪が消える。実用車には銀輪が残っているとはいえ、スポーツ自転車が増えて真っ黒の輪っかに席巻されるのはさみしい。

 先日、リム、ハブそれにスポークがすべて銀色に輝くホイールを前後セットで手に入れた。市場から消える前にと思って、高価ではあったが無理をして買った。愛用の自転車には銀輪を使いつづけたいと思っている。

銀輪はペダルを踏みつづける理由

銀輪は未知を訪ねる動機

風を斬り光を映し時を刻み

銀輪のおもむくままにまたあした



 



2025年9月13日土曜日

朝の50㎞あるいは夏の走り方

  今年の夏は強烈に暑かった。9月になっても残暑が暑い。長時間自転車に乗るのは危険だ。かといってまったく乗らないのでは身体がなまる。

 熱中症で救急搬送された人のニュースを頻繁に耳にした。他人事とは思えない。無茶は出来ない。去年は暑い盛りにもかなり走ったのに、加齢がすすんで用心深くなったか弱気になったか。

 仕事で自転車を使うなら兎も角、面白くて走っているだけなのに、熱中症にでもなったらお笑い(ぐさ)。救急搬送でもされようものなら、救急車の無駄遣いだと(そしられ)そう。自転車仲間からは、だから言わんこっちゃないと心配され、笑われもするだろう。

早起きは苦手だが、無理をして5時には起きることにする。遅くとも6時過ぎには家を出て3時間、気温がぐんと上がる9時までに50㎞くらいは走れる。

 鈴鹿市の椿大社までは何度も出かけている。往復50㎞、街中へは出なくてもいいし、通勤の車で混み合う道を走らなくても行ける。我が家からちょうどいい朝の50㎞だ。

 同じコースばかりではつまらない。他にも朝の50㎞を探す。いなべ市藤原町の長楽寺。登りが多いが山の中の爽やかなコースだ。帰り道にさしかかるころには気温が上がるが、山から下るのが心地よい。身体も無理をしない。

 多度から美濃街道を抜け、岐阜県海津市の海津橋まで20㎞。揖斐川を下って桑名を周って帰ると50㎞になる。大きな川に沿って走るコースが爽快だ。

 四日市の市街を抜けて25㎞で出会う海まで走る。大きな街を抜けるという難点はあるが、まだ涼しい海に会える。今日はこのまま気温が上がらないのではないかと期待する。

 炎暑の夏も走り方しだいで楽しめた。長く暑い夏とはいえ、いつまでもつづくことはないだろう。年齢や季節の移ろいに合わせて走り方を変える。秋の新しい走り方も考えてみる。

大気が燃え上がるまでに
長い橋を渡ってしまおう

涼しい朝の海まで来れば
熱波はとどかないはずだ

地球が太陽の追いかけられ
追いつかれて灼けはじめる

灼けついた街からは人影が消えて
真昼の地球は魔界の惑星にかわる

人も地球も熱に溶け出す前に
橋を渡ってもどれるだろうか

2025年9月6日土曜日

ランドナーという自転車

  「この自転車はランドナーですか」、「こういうのはランドナーっていうんでしたっけ」。私の自転車を見て、ロードバイクに乗る人から何度か尋ねられたことがある。「ランドナー」は自転車の様式のひとつである。

 車輪が二つ、それを支えるフレーム。舵をとるハンドルと体を載せるサドル。後は脚の力をタイヤに伝える仕掛け。この様式が備わっていれば自転車と呼ばれ、人が乗れば走る。

 自転車はどれも同じと見ている人もいるだろうが、大きくは実用自転車とスポーツ自転車に分けられる。スポーツ自転車にはロードバイクとマウンテンバイク、その両方のいいとこ取りをしたクロスバイクに大まかには分けられる。

 ロードバイクは元々ロードレーサーといわれるもので、速さが売り。マウンテンバイクは文字通り山の中の不整地や急斜面の登り下りに適している。クロスバイクはそこそこに速くも走るし、多少の不整地や実用車のような街乗りもこなす。

 では、「ランドナー」とはどういいう自転車かというと、スポーツ自転車の中でも旅をするための自転車なのだ。キャンプ用具や旅の備えを積んで、遠くまで行く。

 ランドナーはフランスが発祥でその歴史は古い。ランドナーの愛好家たちが長年培ってきた独特の様式がある。頑丈なフレームに太めのタイヤ、荷物を積むための荷台や備え付けのバッグ。悪天候に備えたマッドガード(泥よけ)。長距離を走っても疲れない革のサドル。部品はアルミの削り出しやクロームメッキのほどこされたものが使われる。

 ランドナーにはランドナーの様式美がある。ビンテージバイクの雰囲気が漂う。高齢のライダーにもよく似合う。何日もかけて旅をするための自転車なら、日帰りで少し遠くへ出かけるときにも快適なはずだ。

 そう思って、愛用のクロスバイクをランドナー風に仕立てている。「これはランドナーですか」と尋ねられて、多少なりともランドナーの味わいがあるバイクになっていることを密かに喜んでいる。
短い自転車旅でも
旅に出ると思えば
今朝は旅立ちの朝

どこへ行くかは
決めていないが
走りはじめれば
既に旅路の途中

走りつづけるのが
自転車の旅ならば
どこで停まるかも
自転車の旅なのだ

今日の短かい旅の記憶は
見えない線と点になって
地図の上に残されていく





2025年8月30日土曜日

蝉の声

  自転車で快調に走れているときには蝉の鳴き声が心地よい。ペダリングと同調するように鳴き声が樹々の上からふりそそぐ。応援してもらっているようで身体が軽い。

 気温が上がって、ペダルを踏むペースが落ちる。蝉の声はたちまちうるさくなる。耳障りだ。向かい風と同じように行く手をはばむ。頭の上から降る鳴き声が気温を一層上げる。

 今年の夏は夕立に会うことがない。突然の雨に降られないのはいいが、乾きすぎている。自転車で走っていて夕立に会うのは満更悪いことばかりではない。

 雨宿りをする場所を探す。予定外の休憩時間。蝉の声はばったり止む。雨宿りに借りた農家の小屋の軒を打つ雨の音はするけれど静寂。蝉の声と雨音の相関。

 やがて、夕立が去り、晴れ間がのぞく。蒸し暑かった空気が少し冷たくなっている。雨に濡れた路面からは照り返しの暑熱が消えている。蝉の大合唱がまた始まった。気分を新しくして走りはじめる。

 子どものころ、蝉をジージーとかミンミンと呼んでいた。シャーシャーは大きくて捕まえ甲斐があった。クマゼミだ。ニーニーもツクツクボウシもいて、夏の終わりの夕暮れにカナカナの声を聴くと夏休みが終わるのがさみしかった。

 最近は、蝉の鳴き声を聞きわけられる人が少なくなっていると何かで読んだ。自転車で走っていても、蝉取りをしている子どもを見かけない。 天寿を全うできる蝉が増えて、蝉にとってはありがたいことかも知れないが、蝉取りという夏休みのアイコンが消えるのはさみしい。

 猛暑の影響か、蝉が鳴かなくなったところもあるらしい。蝉の声を楽しんだり、ときには(うと)ましく思ったりもしながら走るのは夏の自転車の楽しみとして残しておきたい


子どものころ
この樹の下に
夏があった

あの夏が
どこを探しても
見つからない

今年も子どもたちは
子どもたちの夏を
楽しんでいるはずなのに

私にはそれは
見えないだけなのか
子どもころと同じ
蝉の声が聴こえる

2025年8月23日土曜日

ラレーという自転車

  フランク・ボーデンは、香港から帰国したとき、不動産事業の激務ですっかり疲弊していた。医師の勧めで自転車に乗りはじめ、健康を取り戻した。彼は自転車にはまった。

 1888年、彼は故国イギリスのノッティンガム市、ラレーストリートにあった自転車工場を買い取り操業を始めた。ラレーサイクルカンパニーである。同社の代表作の一つロードスター号は日本の一般用自転車の原点になった。

 同じころ、新家熊吉は、石川県加賀の山中村で漆器業を営んでいた。商才に秀でた彼は、海外へも行商に出かけ、そのときに見た自転車のリムを製造することを思いついた。

 1903年(明治36年)、彼は「新家商会」を設立し、自転車用木製リムの製造販売を始めた。1915年(大正4年)には金属製リムの製造に成功、現在の「アラヤリム」の礎である。

 1946年から完成自転車「ツバメ号」を売り出し、現在の新家工業は「ARAYA」の商標で、マウンテンバイクやツーリングバイクを製造販売している。

 英国と日本の老舗が創業から100年経った2003年に出会った。新家工業がラレー社とブランドライセンス契約を結び、和製ラレーの完成車を売り出した。いはばラレーは借り物の名前だが、ツバメ号以来の新家工業の伝統と技術は和製のラレーにも反映されているはずだ。

 私がクロスバイクを始めて1年、本格的なロードバイクが欲しいと思っていたころに、この和製ラレーを自転車雑誌で見かけた。当時流行り始めていたカーボンフレームやディスクブレーキには目もくれず、鉄(クロモリ)フレームにリムブレーキ、ひたすら頑固だ。競輪用自転車のリムは全て新家工業製といわれるだけあって足回りはひたすら頑強だ。

 和製ラレーではあるが、イギリスで130年以上も前から作られている自転車の(たたず)まいが雑誌の写真から伝わってきた。これに決めた。以来、12年間乗っているが古びない。先日、小径車を1台買い求めた。何台も候補はあったが、これもラレーの自転車に落ち着いた。


それは今になって
忽然と姿を現した
ものではないのだ

100年の時を超えて作られつづけ
海を越えて広がりつづけた

エンブレムが世界に根を張り
ロゴが歴史を語り継いでいく

いつの時代でも
愛着をまとって
走りつづけている