冬をむかえる

冬をむかえる
'25.1.22 山を見て走る

2020年3月31日火曜日

馬と自転車



 私の住んでいる村には古くから伝わる祭りがある。猪名部(いなべ)神社の春の大祭。例年4月の第1土曜・日曜日には「上げ馬神事」が奉納される。馬に乗った若者(乗り子)が、境内にある坂を駆け上がる。200mほどの平坦な馬場で助走をつけた馬は、50mほどの坂を疾走する。斜度15%以上はある急坂の行く手には3mほどの垂直の土の壁が待ち構えている。その壁を飛び超えると、人馬は見事に神社の本殿前に駆け上がる。成功した数でその年の豊凶を占うが、成功率は半分がいいところある。失敗すると乗り子は馬もろともに、もんどりうって急坂を転落する。危険この上ない。

 大祭当日は4つの村から神社に集まった乗り子が上げ馬神事に挑む。初日に2回、2日目の本楽祭には1回、それぞれの乗り子が都合3回のトライアルを行う。練習なしのぶっつけ本番である。50余年も前に、私も乗り子に選ばれた。馬で坂に挑むのは本番の3回だけだが、騎乗の練習はもちろん行う。平坦な馬場で乗馬を教えられる。最近では、祭りの世話役が練習の際の安全対策や馬のケアに万全を尽くす。一カ月半ほどの練習期間中、乗り子は落馬に備えてヘルメット着用、エアバッグも装着する。

 私が馬に乗った当時は、かなり荒っぽい練習をした。練習初日、生まれて初めてまたがった馬の口を取ってもらい、500mほどある直線の馬場をゆっくり歩いてみる。歩く間に馬上で注意をきく。曰く、「鞍(木でできた和製の鞍)に座らず、鐙(あぶみ)の上に立つくらいがいい。足を踏ん張り気味にすれば、馬に振り落とされることはない。腹を蹴れば馬は走る。手綱(たづな)を引けば馬は止まる。」

 緊張してうわの空で注意をききながら馬場の端まで歩くと、そこで向きを変え「ええか?走らせるぞ」といって、突然馬が放される。そんなばかな。馬は走り出す。乗り子は生まれて初めての馬の上。走るも止まるも馬任せ。「向こうへ着いたら手綱を引いて止めろ」といわれても、自転車じゃあるまいし、ブレーキレバーを握れば止まるものではない。おまけに馬には馬の考えがある。馬は賢い。重いものを乗せて走りたくない。乗り手が下手と見抜いて振り落としにかかる。自転車より速いものに乗ったことがないのに、急に時速50㎞で走る乗り物を操るのは無理がある。何度も落馬を繰り返しながら、勘どころを覚えるほかない。

 若い頃の順応力は高いもので、祭り本番には何とか馬を乗りこなせるまでになる。ぶっつけ本番の上げ馬も何とか乗り切る。私と私の乗った馬は、祭りの2日間に1度だけ坂を上り切った。坂を駆け上がる感覚は、50年以上たった今も身体が記憶している。

 2日間の祭りが終わってしまうと、怖い思いをしたはずの騎乗が恋しくなる。馬に乗りたくて仕方がない。自転車にしか乗ったことのなかった者が、馬の速さを知ってしまうと病みつきになる。家の近所に馬を飼っている家があったので、そこの馬を借りて、田んぼ道で乗りまわした。鞍をつけるのは面倒なので、馬の背中に座布団を敷いて乗っていた。慣れてしまえば馬も自転車と同じ、身近な乗り物。手綱はハンドルにもブレーキにもなる。馬と呼吸が合ってくる。乗りまわした後は、借りた馬を返しに行くと「洗って、餌食わせとけよ」と言われたものである。馬を川へ連れていってきれいに洗い、厩(うまや)に連れ帰って飼い葉の準備をした。自転車に乗ったあと、掃除や注油をしておくのは、あのころに習った作法である。

 ※ 2020年は、コロナウィルス予防のため、猪名部神社春の大祭は休催


春の大祭「大社祭り」が行われる猪名部神社      
   大社祭りは例年4月第1土曜日・日曜日         
上げ馬神事の舞台になる坂      
  神事の直前に馬の足場を壁に作る   

  人馬一体となって壁を跳び越える           
  まわりで地域の青年たちが支える        
神社の境内めがけて壁を跳び越える馬と乗り子    
疾走する神馬と乗り子の武者姿           
    祭りも終盤になると、乗り子は華麗に馬を乗りこなしている
     
私が乗った年の記念写真 懐かしい友だちと一緒に撮影    
     左から、たっちゃん、しげっ君、かずちゃん、馬と乗り子(私)、  
       もう一人のたっちゃん、はるみっちゃん、けんちゃん
            
祭りが終わっても、馬には乗りつづけていたい   
 近所の馬を借りて、裸馬に裸足で乗っている私   
後方の錆びたトタン屋根の建物がこの馬の住処  
馬は自転車よりずっとケアが必要である     
  






3 件のコメント:

  1. とてもいい文章なので、そのときのようすや本人の息遣いが手にとるように浮かんできます。馬と自転車を絡ませるところなど、素晴らしい。印象に残る思い出は50年たっても、昨日の記憶と変わりませんね。まだまだ老け込む年齢ではないので、これからも楽しい出会いを積み重ねてくださいませ。

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  2. コメントありがとうございます。今年は祭りがないのが残念です。今でも、馬に乗れと言われれば、すぐにも乗れるつもりでいますが、多分、即座に振り落とされることでしょう。何しろ、馬には馬の考えがあります。今は、自転車を大事にしながら乗っている方がいいような気がします。自転車も丁寧に乗れば、乗り手の思いに応えてくれると思います。

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  3. やっぱり、器用な貴方でしたね❗又、コーヒー誘って下さいませ‼️

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