冬をむかえる

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'25.1.22 山を見て走る

2021年7月3日土曜日

美しき自転車乗り

 ロンドンのベーカーストリート221bは世界で最も有名な住所といわれる。かつて、アーサー・コナン・ドイルの推理小説の主人公、シャーロック・ホームズの住まいだった。小説の中の架空の人物が現存する建物に住むというは珍しい。聖書に次ぐベストセラーといわれるホームズ本を愛読し、ホームズをこよなく愛するファンをシャーロキアンと呼ぶ。本場イギリスでは、ホームジアンともいう。

 シャーロック・ホームズの解決した数々の事件を描いた短編の中に、『美しき自転車乗り』という作品がある。名探偵の評判を聞いてホームズのところへ事件解決の依頼に訪れる人はあとを絶たない。この事件では、ある裕福な家で家庭教師をしている、バイオレット・スミスという女性の依頼を受ける。ホームズは、初対面のスミス女史が自転車に乗ることを言い当てる。靴底の端の減り具合が自転車のペダルによるものだと見抜く。しかも、日焼けしていることから、田舎に住んでいるということも推理する。ホームズの卓越した推理は物語の随所に見られる

 事件は、自転車で駅から家庭教師をしている家まで通うスミス女史が、やはり自転車に乗った怪しい男につけ回されるという奇妙な出来事に端を発する。スミス女史の相続する遺産を狙った事件は、ホームズの活躍で無事解決するが、気になるのはこの美しき自転車乗りという題名である。「自転車」という文字には敏感で、本やドラマの題名でも、街中の看板でも、つい引き付けられてしまう。

 この小説の原題は“The Adventure of the Solitary Cyclist ”である。「孤独な自転車乗りの怪事件」とでも直訳すればいいのだろうか。孤独な自転車乗りは、スミス女史のことなのか、彼女を自転車でつけ回す髭の男のことなのか。日本のシャーロキアンの間では意見が分かれるところらしい。和訳の問題なので、イギリスのホームジアンの間では議論にならない「孤独な自転車乗り」と訳せば、どちらとも取れるが、美しき自転車乗り」というと、物語に関係がなくても、女性を、この場合はスミス女史を思い描いてしまう。

 ジェンダーのバイアス、性差の偏見に捉われて、美しいということばから女性を連想してしまうのは自分だけか。「逞しき自転車乗り」といえば、つい男性のことかと思ってしまう。女性にも逞しい自転車乗りがいるし、男性にも美しき自転車乗りはいる。自転車に乗れば、ジェンダーフリーなのである。自分のように高齢者の自転車乗りであれば、エイジフリーもめざしたいところである。

 働き方については、エイジフリーがしきりに言われるようになった。自転車乗りも、性別や年齢の縛りから解放されて、美しく逞しく、いくつになっても自転車を楽しみたい。とはいえ、自分は「美しき自転車乗り」になれそうもない。せめて、愛車をしっかりと手入れして、美しい自転車で、美しい風景の中を走りたい。自分が美しい自転車乗りになれなくても、自転車にかかる美しいという形容詞をたくさん使うことはできる。 


小説『美しき自転車乗り』の挿絵
スミス女史が中心の事件なので
孤独な自転車乗りは彼女のことだろう

イギリス、グラナダTV作成のドラマ(1984年)
『美しき自転車乗り』のDVDジャケット
シャーロキアンならジャケットの間違いを指摘する?
『美しき自転車乗り』は
短編集『シャーロック・ホームズの冒険』ではなく
『シャーロック・ホームズの帰還』に収録されている

ドラマ『美しき自転車乗り』の一場面
自転車もヴィンテージで美しい

美しく磨いた自転車を
美しい舞台にのせる

梅雨空の下
気分の晴れる美しい場所を探す

少し走れば
美しい場所には出会える
美しき自転車乗りには…

自転車に乗っていれば
ホームズの推理通り
靴底は減り…

田舎を走っていれば
ホームズの推察通り
美しく健康的に日焼けする




2 件のコメント:

  1.  いつもながらMARIOさんの博学ぶりには感動します。
    私の数少ない読書歴のなかで、シャーロックホームズは中学生か高校生の時に
    図書室で読んだ『まだらの紐』です。
    あの犯罪トリックには度肝を抜かれたのと、タイトルの付け方のうまさに感心。
    それからしばらくはホームズの小説にはまっていました。
     さて、ここにあるスミス女史の挿絵や映画の写真が素敵です。美しい人には自転車がまた映えますね。

     ホームズの推理で靴底の減り具合で自転車に乗っているのを見抜くとありますが、
    ホントですか。まあ靴底の端っこがペダルに擦れて特有の減りが見られたのでしょうが、相当の時間漕がないと摩擦によって減らない気がします。
    普通路面を歩いて、その人の癖で左右どちらかに偏減りするのはありますね。

     ついでにスミス女史は自転車に乗るときは専用の靴を履いていたのかな?
     MARIOさんの自転車歴は長いので、ご自身の靴の減り具合とホームズの推理について、お聞かせください。

     今回も素晴らしい写真と添えてある言葉に、一つの物語をみつけます。

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  2.  自転車というのは、元は優雅な乗り物だったのだと思います。ロンドンで開催される、ツイードランという自転車の行事は、それはそれは優雅な自転車と美しき自転車乗りのオンパレードです。いずれ、このブログでも…。ネットで調べてもらう方が早いですね。

     ホームズの推理は、作者の後付けなので成立するのが当たり前かもしれません。読者は、物語を前から辿るので推理の結末に驚きます。作者は、物語を後ろから構成できるので、多少無理のある推理も辻褄を合わせられるのでしょう。ホームズの親友ワトソン博士の推理は、いつも難のあるものですが、これは彼のせいではなくて、作者ドイルのせいだと思います。

     靴底とペダリングの相関については、ブログのいいネタになりそうですね。ちょっと考察を深めてみます。

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