’26.5.8 一期は夢よ
検索キーワード「通学用自転車」に一致する投稿を関連性の高い順に表示しています。 日付順 すべての投稿を表示
検索キーワード「通学用自転車」に一致する投稿を関連性の高い順に表示しています。 日付順 すべての投稿を表示

2020年2月28日金曜日

通学用自転車


 いい加減な約束はすべきでない。相手は真剣に受け止めている。先日、春には中学へ入学する一番年かさの孫娘が、通学用の自転車はおじいちゃんに買ってもらう約束だから、と言って自転車のカタログを持ってきた。確かにそんな約束をした気がしないでもない。カタログを見て驚いた。かなりの高額。入学祝いをするのに「こんなに高いのか!?」とは言えず、涼しい顔をしてどんな色の自転車がいいのか尋ねておいた。
 
 56年前に、自分も通学用の自転車を買ってもらった。初めて乗る新品の自転車。父が、遠い親戚にあたる自転車屋で買ってくれた。「富士自転車」。その頃にしては珍しい濃い茶色。前のフェンダーには立派な富士山のマークがついていた。当時、自転車の価格が2万円くらいはしたはずである。今と比較してもかなり高額。1964年、前の東京オリンピックの年、1世帯の平均月収は6万円程である。新しい自転車が嬉しくて、中学に入れば校則で丸刈りにしなければいけないという悲愴な気持ちが吹き飛んだ。
 
 親や祖父母がなけなしのお金を出して買う通学用自転車。その自転車が、学校の駐輪場では不当な扱いを受けることが多い。強風で駐輪場の自転車が将棋倒しになる。留め具のある駐輪場ならいいがそうとは限らない。折り重なった自転車を帰りを急ぐ生徒たちが無理やり引っ張り出してフレームに傷をつける。スポークが曲がったりもする。車につけた傷には大騒ぎをしても、自転車につけた傷は大して気にされない。通学途中で、運悪く転倒する。登校を急ぐあまり、フェンダーや荷かごが歪んだままで乗って、傷を大きくしてしまうこともある。「自転車残酷物語」である。
 
 こんな失敗譚がある。朝、登校する生徒の様子を見ていると、パンクしたり荷ひもが車軸に絡みついたりして、乗れない自転車を汗まみれになって引いて来ることがある。そんな生徒の自転車を、下校するまでに修理おくことが度々あった。あるとき、冗談のつもりで請求書を作って生徒の担任の机に置いておいた。「パンク修理代・学校特別価格500円・荷かご歪み修理代・同500円」くらいの内容だった。担任の先生は冗談とは思わず、生徒に請求書を渡した。生徒は家に帰って母親に見せた。請求書を見た母親はあわてて電話をくれた。「校長先生にパンクまで直していただいて申し訳ありません。明日、お金を持たせます。」丁寧にお礼を言ってもらった。「あれ冗談です。もちろん無料、お金は結構」と、うろたえて返事をした。冗談が過ぎた。学校でお金儲けをしているなどとと思われては困る。信頼失墜。大失態。

 中学に入学した当初は、大人サイズの自転車に乗ることが誇らしく、学校への期待を自転車に載せて登校する。その自転車も、3年間乗りつづけるうちにくたびれてしまう。自分が自転車を楽しむようになって、生徒たちにはもっと自転車を大切に扱うことを伝えておけばよかったと今更ながらに思う。
 そういえば、愛着があったはずの自分の通学用自転車が、最後はどうなったか定かではない。今まで持っていれば、相当な値打ちがあるかもしれない。


孫が候補に挙げた通学用自転車    
       ブリヂストンの通学自転車カタログより
自分が中学に入学した当時買ってもらった自転車と    
同時代の富士自転車                  
これほど高級なものではなかったと思うが雰囲気は似ている
   前のフェンダーには同じようなマークがついていた記憶がある
        ハンドル周りの形状も同じようなものだった記憶がある        
新しい通学用自転車で桜の下を登校する新入生
          最期に勤務した中学校の生徒の登校風景   
同じく、登校する新入生           
    真新しい制服・ヘルメット。自転車が光る
新しい自転車が整然と並ぶ            
    ずっと大切に、安全に乗りつづけてほしい         
                  最期に勤務した学校で撮影 
        
               同じく駐輪場の様子 





2020年10月17日土曜日

自転車のステイタス

 ステイタスとは、人の社会的な地位や位置づけをいうが、自転車にステイタスがあるとすれば、それは決して高いとはいえない。この上なく便利なのに、ぞんざいに扱われることが多い。自分が中学生のときの通学用自転車が最後はどうなったのか記憶にない。嫁入り道具というのは懐かしいことばになってしまったが、妻の嫁入り道具にもお決まりのように自転車があった。それもどう処分してしまったものか、妻も私も覚えていない。

自転車のステイタスが高かった時代もあるにはあった。志賀直哉の『自転車』という小編には、高価なアメリカ製の自転車を買い替える件(くだり)がある。乗っている自転車を下取りに出して、祖母に借りたお金で新調する。当時の自転車は庶民には手が出ない高価なもので、今なら金持ちの娘や息子が外国車に乗りまわしているようなものだろう。

 志賀と同じ時代を生きた私の祖父は男ばかりの四人兄弟だった。祖父は鍛冶屋をしていた。大叔父の一人は、自転車でひと儲けすることを思い立ったらしい。大正時代から昭和の初めころのことで、自転車は値段もステイタスも高かったことだろう。一度乗ってみてくれと言って、いろいろな人に自転車をあずけた。その代金の回収ができず、商いは頓挫した。随分乱暴な商売である。祖父の弟三人が、それぞれ事業に手を出しては失敗した。弟たちの借金を背負った祖父は、今でいう破産宣告をした。田地田畑はすっかり人手に渡ってしまった。代々田舎に住んでいるのに、我が家には田も畑もないはそういうわけである。一家のステイタスは地に墜ちた。私には商いの下手な自転車屋のDNAがある。投機に走る傾向も無きにしもあらず。自己破産しなかっただけ良しとしたい。

 「いつかはクラウン」。トヨタ・クラウンはこんなキャッチフレーズで売られている時代があった。クラウンが多くの人にステイタスシンボルとして認められていた。いつかはクラウンに乗りたいと思って、みんな頑張った。私はステイタスにこだわりはないし、歴代のクラウンにもそれほど魅力を感じない。クラウンを買おうにもその余裕もない。価値感の多様化で共通のシンボルや記号を必要としない時代になってきたかもしれない。高価なものを除けば、相変わらず自転車のステイタスは低いままだ。高価な車や自転車には乗れないが、私は私の生活のシンボルとして、私の気に入った自転車を大切にしたい。

駅の駐輪場に無造作に停められている自転車たち
雨の日も風の日も駅までの道のりを通(かよ)ってくる

綺麗な色なのだけれど…
よく見ると蜘蛛の巣に乗っ取られていたり…

変速機やギアは錆で真っ赤
ワイヤーだって今にも切れそうで…
便利な割には報われていない

ステイタスシンボルにはならなし
シンボルにしておくだけではもったいない
私は私の自転車を楽しみたい

自分の脚さえ動けば
どんなところへも付き合ってくれる

大切な相棒なのだから
大切に長く付き合いたい

番外:自転車ではないがこれも長年の相棒
5年乗ってある車を中古で買って14年
昨日、ピキピキにワックスをかけた
秋空をピキピキの車に映してみた







2026年9月19日土曜日

見つけました

  こんなアルバムがあることも忘れていた。物置の古い本をまとめた棚で、背表紙が色あせたアルバムが目にとまった。開いてみると空白のページが多い。数枚の白黒写真だけがフォトコーナーシールで留められて残っている。その中に、自転車に乗っている中学生の写真があった。

 中学校の通学に使っていたのはどんな自転車だったか。どこかに写真が残っていないか。ブログに自転車のことを書き始めたころから気になっていた。

 当時の自転車の写真がどこにもない。写真を撮るのは特別な日で、日常を写すことなどほとんどなかった時代だ。通学風景や通学用自転車を写真に残すことはなかったのだろう。それを何と、見つけました。

 一枚は未舗装の道路を走る中学生の自分。もう一枚は遅れた友だちでも待つらしく、後ろを振り返っている4人グループの写真だ。どこかへ連れ立って遊びに行く途中か。あの頃はどこへ行くにも学生服を着ていた。撮影場所は、開通前の北伊勢有料道路(昭和40年~48年まで営業)のようだ。

 2枚の写真の自転車をAIに鑑定してもらった。

「ダウンチューブのデカールに「FUJI CYCLE」(日米富士自転車)のロゴが確認できる。

 年代の目安は昭和30年代後半〜昭和40年代前半。当時「軽快車(スポーツ軽快車)」や「実用軽快車」と呼ばれたモデル。

学帽と詰襟(学生服)を着用した学生さんが乗られている様子から、当時の通学・普段使い用の上位モデルとして非常に人気のあったスタイリッシュな実用軽快車。当時の価格は2万円〜3万円で、現在の感覚なら約 20万〜30万円相当の高価な製品」

AIは詳細に教えてくれたが、ごく一部だけを引用した。鑑定結果と記憶の中の自転車やその時代はぴったり符合する。写真を眺めていると、モノクロームの写真に色までが浮かび上がってくる。

 一緒に写っているのは、ただし君とみのちゃん、顔が見えないのは古田君だろうな。


アルバムのページから
はがされた写真たちが
記憶を断ち切っている




時間をさかのぼっても
この日のこの場所へ
戻れるとは限らない

振り返って待っているのは
来るはずで来るはずもない
ゴドーだろうか

明日は来るというゴドーを
もうかれこれ60年も
待ちつづけている


2021年5月15日土曜日

自転車泥棒

  少し古い資料であるが、警察庁『令和元年の刑法犯に関する統計資料』によると、2019年の自転車盗認知件数は約16万8703件にのぼる。盗まれた自転車が持ち主にもどる割合は極めて低い。我が家でも、娘が高校生のときに、通学用の自転車を盗られた。幸い、近くの交番から自転車が見つかったという連絡があった。見つけてもらった人には、些少のお礼をした。被害者がお礼をするというのもおかしな話である。

 先日、『自転車泥棒』という古い映画を観た。気をつけていると、よく似たものに目が留まることや、身の回りに同じような出来事が重なることがある。この流れで行くと、さては、自転車泥棒の被害に遭ったか、ということになるがさにあらず。件の映画について書かれた記事を偶然雑誌で見つけただけである。

 映画を観た翌日に買った、雑誌『文藝春秋』の5月号に「本気で笑える映画、泣ける映画」という記事を見つけた。筆者の柴山幹郎は、以前に紹介した『自転車乗りの夢』の筆者、佐々木幹郎(みきろう)と同じ名前であるが、こちらは「みきお」と読む。人の名前まで、よく似たものが寄ってくるのは何かの縁だろうか。

 記事には、「コロナ自粛を吹っ飛ばせ!厳選10本、おこもりシネマで爆笑して大泣きしてストレスを発散しよう」と添え書きがついている。泣ける映画5本のうちの1本に、『自転車泥棒』が挙げられていた。映画を見た翌日に、その作品について書かれた文章に出会う偶然。何かの縁である。以下は記事の引用。

 舞台は敗戦直後のローマ。主人公のアントニオは質屋でお金を工面して自転車を手に入れ、ポスター張りの仕事に就きますが、その仕事には欠かせない大切な自転車を盗まれてしまう。そこでアントニオは息子と一緒に自転車を求めて街をさまよう(略)。単純な話だと思われるかもしれませんが(略)この映画は40年代に生まれたイタリアのネオレアリズモという手法で撮られています(略)。ともすれば社会の矛盾とか、貧しさを描いたものとされがちですが、その前に風景や出演者のたたずまいを見てほしい。話では泣かなくても、そちらが涙を誘います。モニターの前で正座して見てください。 

 自転車泥棒を見つけられないアントニオは、困じ果てて人の自転車を盗むが、すぐに捕まってしまう。群衆に囲まれ責められるアントニオと、その袖にすがりつく幼い息子。罪を許され、人ごみの中に消えていく父子の後ろ姿にエンドマークが重なる。二人は明日を、未来を、どんな思いで生きていくのだろう。余韻が長く響く作品である。

 昨今、巷には高価な自転車があふれている。大戦直後のローマのネオレアリズモと状況は違うが、自転車の盗難は身近に起きても不思議ではない。『自転車泥棒』を観て、自転車泥棒の記事を読み、自転車泥棒について書いたので、更に偶然が重なり現実になって、自転車泥棒の餌食にならないように気をつけよう。

『自転車泥棒』のDVDのジャケット
ヴィットリオ・デ・シーカ 監督
1948年 イタリア映画

アントニオと息子のブルーノ
仕事のために自転車を手に入れたが
ここから悲劇が始まる
出演者のたたずまいが涙を誘う

街中に自転車を停める
こんなときに盗難の危機が迫るのかも…

無造作に街角に自転車を停める
人を疑うことはあまりしたくない

簡単に乗って行けるようではまずい
出来心を誘ってしまうのは罪作り
保管のときには施錠をしておきたい
アントニオも自転車に鍵をかけていれば…

いつも走る道に打ち捨てられた自転車
盗難に遭ったか放置されたか
警察署には届けておいたが…
自転車が粗末に扱われるのはさみしい




2020年6月20日土曜日

ものの順序


 長年ロードバイクに乗っている知人が、クロスバイクを購入すると言う。シャカリキになって走るのではなく、ゆっくり自転車を楽しみたいということらしい。寄る年波には勝てないというのも、密かな理由かもしれない。安価で気軽に乗れるものを探している。

 スポーツバイクの入門はクロスバイクから。すぐにロードバイクのいいものが欲しくなるので、初めからロードバイクを買っておくという手もある。というようなことを自転車に乗り始めたころに、誰かに聞いたか、本で読んだか、そんな覚えがある。
 私の場合は、クロスバイクに乗っている人から教わったので、最初はクロスバイクを手に入れた。確かに、1年もたたないうちにロードバイクに乗ってみたくなって、もう1台買うことになった。

 近頃の子どもたちは、キックバイクというペダルのない自転車で、2輪の乗り物に慣れて、バランスがとれるようになってから、本格的に自転車を始めるらしい。バランス感覚を会得しているので、すぐに自転車にも乗れるようになる。理に叶ったやり方である。

 趣味と運動も兼ねてスポーツバイクを始めるには、クロスバイクから始めるのがとっつきやすいだろうが、特に順序にこだわる必要はない。何から始めても、安全で楽しく、長続きのするやり方であればいいように思う。私の知人のように、ロードバイクからクロスバイクに乗り換えるのは、逆行のようにも思われるが、本人にすれば至って順当な選択なのだろう。

 順序などというものは、自分の尺度で決めればいい。とはいうものの、間違ってはいけない順序もあるにはある。
 例えば、これ。おたまじゃくしの手と足はどちらが先に出るか。突然訊かれても困るが、童謡を思い出せば答えが見つかる。
 「おたまじゃくしに 足が出て 
  手が出てきたら 尾がとれた  
  ぴょんぴょん かっかっかっ  
  ぴょんぴょん かっかっかっ」
まず、足が出て、次に手が出て、尾がとれる。これが正しい。ところが、
 「おたまじゃくしは 蛙の子 
  なまずの孫では ないわいな(ありません)
  それがなにより証拠には やがて手が出る足が出る」
 この歌を思い浮かべると、正解は得られない。科学的な根拠に基づく順序は、正しく覚えておかないと、後世に間違ったことを伝えることになりかねない。

 最近は「長幼の序」という順序もはなはだ怪しくなってきた。「長幼の序」ということば自体が、ほとんど死語である。大人と子どもの、または、年上と年下の順序や規律、礼儀。これには科学的な根拠はないし、古くさいことをいう気もないが、自転車選びの順序ほど気ままに考えるわけにはいかない。すべからく、年長者や高齢者を敬うべきだろう。片仮名で「リスペクト」するのではなく、きちんと「うやまい」たい。
 趣味の自転車選びは、順序など気にせず、勝手気ままに、お好きなように。ただし、世の中には、無視のできないものの順序や道理もあるにはある。


知人が購入を決めたクロスバイク
GIANT ESCAPE RX3(2019年モデル)
1年前のモデルが値打ちに買えた
我が家の最年少の孫のキックバイク
従兄のおさがり
二輪車の感覚を身に着けるには最適?
サイズはどんどん変わるので
姉から弟へ、弟から従弟へと
使い回しをしないと追っつかない
キックバイクで修行の身は、
おたまじゃくしでいえば、手も足も出ない段階?
あるいは、ようやく足が出たところか…?
         
補助輪付きの自転車と補助輪がとれたての自転車
サイズに合わせて買い替えていては、
祖父母のポケットがもたない
中学の通学用自転車まで何台も買うことになる…!!!?
(写真の自転車は伊坂ダムのレンタサイクル)
何やら、作戦会議の模様⁈
いつの間にか上達する子どもの力は凄い!!
ペダルを漕げるようになれば、足と手が出て、
尾がとれる直前までくらいは来ているか…。
今年も田んぼに水がかかった
田植えの季節
かえるの大合唱が始まる
写真の自転車は初めて買ったクロスバイク
ブリヂストン・アンカーUC5(2012年モデル)
2台目の愛車になったロードバイク
ラレー CRV Carlton-Vintage(2013年モデル)
自転車歴からいえば、足と手が出てきたころか…?
左の自転車は超ビンテージ!!! 年式不明 ブリヂストン製 
すっかり尾がとれていて貫禄がある
自転車はこれが最後、のつもりで手に入れた
ARAYA Muddy Fox MFB(2018年モデル)
ようやく、足も手も出て、尾がとれてきた感じである


2020年2月26日水曜日

日々の手入れ


 時間の使い方が下手になってしまった。現役の頃にはそれなりに忙しいこともあって、何をするにも時間が足りないと思っていた。時間をやりくりして、短い時間を上手く使うようにしていた。完全に仕事を辞してからは、ありあまる時間があるはずだった。退職後は退屈な日々が続くので、やることを考えておくといいと人からアドバイスを受けたこともある。それが退屈どころか1日が短か過ぎる。時間があるのに時間が足りない。
 
 天気のいい日は自転車に乗りたい。狭い庭ではあるが手入れもしたい。やりたいことは天気のいい日に集中する。では、雨の日はどうか。次に読む、次の次に読む、さらにその次に読みたい本まで机の上に積んである。映画も観たい。次の次に観たい映画までくらいは候補がある。天候にはかかわらず、やること、やりたいことが多い。
 
 自転車は乗るだけというわけにはいかない。整備や手入れもしたい。乗りっぱなしでも支障はないだろうが、手間暇をかけることも面白い。チェーンに注油をしたり、ブレーキの簡単な調整をしたりしておくだけでも軽快さが変わる。自分で手が出せるところもいい。オートバイに乗っていたころにも、簡単な整備は自分でしていたが、自転車はもっと手軽に機械いじりの楽しさが味わえる。部品の点数も少ない。
 
 部品の点数が少なければ生産コストがかからない。その分フレームの塗装などは念入りにされているのではないかと思う。フレームの塗装といっても、車に比べれば塗料の量も格段に少ないはずである。素人考えであるが、自転車の塗装は上質のはずである。磨き上げたフレームは美しい光沢を放つ。
 
 55年ほど前、中学校の通学用に自転車を買ってもらった。半世紀以上昔のことである。時々はワックスをかけておくと良いと父が言っていたのを思い出す。自転車のフレームや部品は、油のしみ込んだ布で拭くだけでも、光沢が出るし錆の予防にもなる。
 
 たばこやキャラメルの包装に使われるセロファンを手の指に巻いて、塗装の面を撫でてみる。指先で触れても滑らかなのに、セロファンを通すとざらつきが判る。塗装の面に細かい汚れがついているのでざらざらする。コンパウンドや粘土で汚れを取り除くと、滑らかになって光沢が増す。
 
 そういえば、父は暇があると何でも古い布で拭いていた。古いものでも磨けば光る。96歳になる今も、父は指の運動にといって、実際には使わない革の鞄にワックスを塗り、ブラシをかけている。いくつかある鞄の色つやは素晴らしい。手入れさえしてあればいつでも使える。自転車も日々の手入れはしておきたい。
 
 「新車で買った車やバイクは、乗ればコンディションが落ちるばかりである。中古で買ったものは、手入れや整備を続けていればコンディションが良くなってくる。それが面白い。長く楽しむには、日々の手入れが一番。」
これも父から聞いた記憶がある。けだし、名言である。


屋根付きのガレージや整備の場所がないので
夏の暑いときには日陰を作って自転車の掃除
        きれいにすると眺めているのも楽しい。          
暑いので、自転車が腹を見せてひっくり返っている
 ちょうどいいので、下回りもきれいに掃除する   
    自転車は軽くて掃除も整備もしやすい          
時にはバラバラにしてきれいにする   
手間はかかるが仕上がりは上々である  
古い自転車も分解・整備すれば蘇る   
      誰も乗り手がなくなっていたが、それなりに使える 


トランスポータもきれいに磨く      
景色が映り込むくらいになると気持ちがいい
番外編  これは自転車に乗らないときに乗る車         
マツダ ロードスター NB6 (2001年式)   
                                          5年乗った中古を買ってから、今年で14年              
          She is 19 years old now.                  
  塗装も機関の調子も上々なので        
      もう少し家に置いておきたい          







2023年6月3日土曜日

自転車乗りの自画像

 もっと若い頃からスポーツ自転車に乗っていれば、全く違う乗り方をしていたかもしれない。子どものころから自転車を乗り回し、中学、高校時代には通学にも自転車を使っていた。ところが、オートバイの運転免許を取得してからはとんと自転車との縁が切れた。

 若くて体力のあるころに自転車に興味があれば、自転車のレースに出たり、ロングライドのイベントに参加したり、あるいは日本国中を自転車で巡ったりということもできたかもしれない。本格的に自転車の整備を学ぼうという気になっていたかもしれない。

 これは、60歳になってスポーツ自転車を始め70歳を超えてから思うことなので、今更どうしようもない。

 先日、ツアー・オブ・ジャパンいなべステージの観戦に行って思ったことがある。私と同じような年恰好で、選手かと思うようなウエアに身を包み、何十万、ともすると百万円を越えそうな自転車に乗って観戦に来ている人を何人も見かけた。

 この人たちは、若い頃から自転車を極めているのだろうか。それとも、私のように、定年退職の前後に自転車を始めた人なのだろうか。いずれにしても、私の乗り方とはかなり違うようだ。

 自分の自転車に乗る姿を描くとすると、少しはスポーツ自転車に凝ってみたいというものの入門用程度のバイクを愛用し、高価なウエアを身に着けるのではなく普段着のままで出かける。スピードや走行距離はあくまでも目安にしておいて、自然体で気軽に走っている、というところである。

 ついでにいえば、もう10年も乗っているので、大方の整備は自分でやって、出先でのトラブルにはほぼ対処ができて自力で安全に家まで帰り着く。ただの自転車好きの爺さんである。

 自転車に乗っている人が何かのトラブルで困っていれば、押し付けがましくない程度に手助けができる自転車好きな爺さんという姿も付け加えれば、ちょっとは格好のいい自画像になるだろう。 

いつものように
ありふれた景色のなかへ
乗り出す

いつものように
ありふれた季節のなかに
たたずむ

いつものありふれた道が
新しい道にかわることもある

ときには
少しだけ遠くへでかける

気軽に
橋の向こうがわを
見に行ったり

思い切って
長い橋を
わたってみたりする



2022年10月15日土曜日

自転車乗車用ヘルメットのこと

  自転車乗車用ヘルメット(というのが正式な呼称らしい)は、軽さを追求したものが多い。重量わずか200g~300gというのが一般的だ。少し重い帽子をかぶっているのと変わらない。オートバイのヘルメットは1.5㎏~2㎏だから、それに比べれば随分軽い。当然のことではあるが、軽くて丈夫で、しかもデザイン性に優れたものは高価である。

 ヘルメットのメイン素材は発砲スチロールで、耐用年数は3年から5年、一度衝撃を受けたものは使わない、というのがお約束のようだ。高価なものだと2万円以上もして、安い自転車が買える。それを3年ごとに買い替えるというのはちょっと厳しい。5年使っても、買い替えるのは何だか勿体ない気がする。

 そもそも、大したスピードを出して走るわけでもないので、ヘルメットは必要ないと思っていた。自転車通勤をするようになって、帰宅時間には暗くなるので事故に遭う可能性が高いと思いかぶりはじめた。例によって、通販で安価なものを買って使っていたので、そろそろ買い替え時である。

 ヘルメットの試着をしに、名古屋の大きな自転車店に出かけたことは、少し前にもブログに書いた。せっかく新調するのだから、通販で安直に買い求めるのではなく、少し高価でも、色や形を吟味し、かぶり心地の良いものを買いたいと思った。何万円も払う余裕はないが、安全基準を満たし、軽くてフィット感の良いものが欲しい。

 いかにも本格的な自転車乗りという感じのものは避けて、のんびりと爺ちゃんが乗る、という雰囲気のヘルメットを探すのに苦労した。行き着いたのは、ベルギーのレーザーというメーカーが作る「カメレオン」というヘルメットだ。

これまでのヘルメットに較べると格段にかぶり心地がいい。重量を較べるとそれほど違わないが、頭にしっかりとフィットするので、かなり軽く感じる。1万円もしないので、それほど高級品とはいえない。ベルギーのメーカー製とはいえ、廉価版は中国で製造されているが、いい物を手に入れたと満足している。

条例で、自転車乗車用ヘルメットの着用と、自転車損害賠償責任保険への加入を、義務や努力義務に規定する都道府県が増えてきた。ほとんどの中学校では自転車通学にはヘルメットを着用するよう指導している。子どもたちにヘルメットをかぶるようにいうのであれば、ばあちゃんやじいちゃんも、率先してヘルメットをかぶり、安全に颯爽と自転車に乗るべきだろう。

インスタ映えとかいうけれど
質実剛健 実用本位

気持が映えていればいい

今日はこの道を
行きたいように行く


新しい道を遠くまで
出かけることもあれば

いつもの道で
佇むこともある