’26.5.8 一期は夢よ

2020年4月18日土曜日

ジャスミンのマスター


 仕事を辞めて、家にいる時間が増えた。時折、妻と連れ立って、外で昼食を摂るようになった。家から少し離れた、いなべ市にある「ジャスミン」というカフェのランチが気に入って、何度か出かけた。

 常連というほど頻繁に通うわけではないが、マスターは私たちの顔を覚えて、挨拶をしてくれるようになった。レジで支払いをするときには、奥の厨房からひょいと顔を出して、声をかけてくれる。お昼どきにはいつも満席になるので、マスターは大忙しで、手のあくいとまはないはずなのに、どうやって客を見ているのか。客席にまでよく目が行き届くものだ。
 顔見知りとはいえ、客の顔を覚えてもらっているという、それだけのことである。ところが、マスターとは、その後ひょんなきっかけで話をすることになる。

 先年、私の妹が癌で亡くなった。64歳という若さで、これからのんびりと生活を楽しめると思っていた矢先。人生の元が取れないうちに逝ってしまった。辛い話ではある。
 ジャスミンのマスターは、妹の告別式に参列してくれていた。式場で私が遺族の席にいたのが目にとまったらしい。後日、店に行くと、マスターに故人との関係を尋ねられた。私が兄であると名乗ると、マスターは小学生のとき、妹に担任をしてもらったと、懐かしそうに思い出話をしてくれた。近しく話したのはその時が初めて。束の間ではあったが、マスターのやさしい人柄が伝わってきた。妹の教え子だということが判って、親近感がわいた。

 そのマスターに、次は町中で出会うことになる。阿下喜(あげき)という坂のある古いを走っていると中の交差点で信号待ちをしている自転車があった。速そうなロードバイクである。私がクロスバイクで並びかけると、その横顔がどこかで見覚えのある人物。サングラスではっきりしないが、若いころの谷村新司にどこか似ているジャスミンのマスターにまちがいない。この時も、マスターから声をかけてもらった。
「バイクに乗ってえるんですねぇ」
「へぇ~、マスターも乗ってるんですか」
「最近、はまってしまいまして…」
 乗っている自転車も違えば、乗り方も違う、歳もマスターはうんと若い。それでも、自転車で出会ったというだけで、ぐっと距離が近づく。旧知の間柄のようだ。
「機会があれば、一緒に走りたいですね」
マスターは、気軽にそう言ってくれるが、私の実力ではついて行けそうもない。一緒に走るのは無理かもしれないが、自転車に乗る歳の離れた知り合いができるのは嬉しい限り。
 マスターは、週1度の店の休みにしか自転車に乗れないのが物足りないようだ。ジャズの流れるシックで落ち着いた雰囲気の、それでいて気軽に立ち寄れるカフェを切り盛りするマスター。きっと、自転車にもお洒落で気取らない乗り方をするのだろう。

 ※ ジャスミンのマスターに断りなく、書きました。
   ジャスミンのマスター、このページを見られて、全部NG、または部分的に
   NGのところがあれば、ご連絡ください。すぐ、抹消します。


大きな看板で、店はすぐにみつかる          
入り口にはサイクルラックも設置されている      
昼どきは、駐車場は満車、店は満席になる       
ランチにはちょっと早めか、少し遅く行くのがお勧め  
写真では、ランチのメニューがよく判らないが、    
「食べログ」ではなく「チャリログ」なので…      
リーズナブルでおいしいランチが味わえる       
珈琲ももちろん絶品                    
  ジャスミンの裏庭のような「いなべ公園」         
  店から自転車なら5分、風光明媚               

「いなべ公園」の池をめぐると、こんな場所も…    
徒歩でも自転車でも、散策には最適           
ついでながら、拙宅の生垣にはカロライナジャスミンの花が咲く
香りはいいが、これはジャスミンとは似て非なるものらしい  

2020年4月14日火曜日

番外篇:最後の授業


 「教え子の自転車」で最後の授業にふれたので、その授業の内容を紹介しておく。これは番外編。

 最後の授業に、ギリシア人の歌手ジョルジュ・ムスタキの『ヒロシマ』という曲と、嵯峨信之の詩『ヒロシマ神話』を題材として選んだ。どちらもいつかは三年生のみなさんと一緒に考えてみたい題材だった。ムスタキの『ヒロシマ』は、初めて自分が教職に就いたころに聴いていた曲である。妹がレコードを買ったのだと思う。三十七・八年前のことである。『ヒロシマ神話』には三年ほど前に出会った。『詩の授業 中学校』という本に収録されている。
 毎年、原爆の日には全校平和集会を開いているので、いつかはこの歌と詩を題材に授業をしたいと思っていた。三年生の修学旅行が広島方面に決まったときには、それぞれの学級で時間をもらって、授業をさせてもらおうと考えた。ところが、修学旅行の前後の取組で、三年生のみなさんは、原爆について、被爆者について、あるいは戦争と平和について、テーマを決めて学習を深めていった。私が授業をさせてもらう余地はなかった。
 これまでにも、題材はちがったが、自習の時間などに授業をさせてもらったことがある。私が選んだ題材を持ち込んで授業をさせてもらうのだから、生徒のみなさんにとっては迷惑だったかもしれない。それでも、普段とはちがう授業者が、教科書の内容とはちがったものを、切り口を変えて取り上げるのだから、多少は新鮮に受け取ってくれた人もいると思う。
 二月の学校公開の日に、三年生の全クラスで、教職生活最後の授業をさせてもらおうと考えた。生徒の保護者にはかつての教え子がいて、一緒に授業を受けると言ってくれた。時期も題材も私が一方的に選んだものではあったが、生徒のみなさんはこれまでの学習の成果を生かして、授業の中でいろいろな考え方を展開してくれた。平和への想い。人を大切にするということ。たくさんの意見を出してくれた。最後の授業で、これまであたためつづけてきたことを実現できた。授業をしながら至福のときを味わわせてもらった。これからさき、教壇に立って授業をすることはない。                                                     2012. 2. 6

 最期の勤務校のPTA広報誌に載せてもらった記事をそのまま引用した。
 自分の授業の記録を残しておいたり、それを発表したりしようというのは教員根性である。37年も教員をやってきたのだから、いまだにその習い性が抜けない。 
 最期の授業というと、フランスの小説家、アルフォンス・ドーデの短編小説『最後の授業』を連想する。私の最後の授業はそれほど崇高なものではないが、私の中にはいつまでも残っている。

 今回、自転車から完全に離れてしまった。
 より道、まわり道をするのも、自転車ならではというところか。



新型コロナウィルスの蔓延で、今年の春はこころおだやかでない
それでも、今年も花は咲いた                 
私が学校を去った年の春も花は咲いていた       
写真は、当時のもの                 
時は過ぎていくが、花は同じ場所で咲きつづけていることだろう
最期の勤務校の校舎に臨む 写真は同じく当時のもの     


『ヒロシマ』が収録されたムスタキのCDジャケット   

『詩の授業 中学校』明治図書のページ           



2020年4月11日土曜日

教え子の自転車

  ちょっと前に、ブログを見てくれたという教え子から、メールをもらった。「教え子」という言葉は好きではない。好きな言い方ではないが、私が昔教員をしていて、かつて教えたことのある(または、私が教えられることが多かった)人は「教え子」という言い方をすると関係性が判りやすい。
 勝手にメールを転載すると叱られるかもしれないが、ご容赦願うことにする。

「日に日に暖かくなり、益々自転車が楽しい季節ですね。
    本日、何年かぶりに私も自転車に乗ってみました。と、言っても近距離も近距離…先月行くはずだった『確定申告』をしに市役所まで。例年、確定申告は市役所の5階大会議場で行われています。ただ、最近市役所の駐車場が有料になったので、自転車で行こうかな?と。市役所に着いて、5階に行くとがラーンとしていて、へっですよ。貼り紙を見たら、315日以降は税務署になりましたと… ‼️…… 自転車漕いで税務署まで行きました。まぁ、近いですけど()
    ただ、今日は風が強くて😭  先生のブログじゃないですけど、向かい風、向かい風、たまに追い風… 脚力も弱くなり漕いでも漕いでも走らない… やっぱり車がいいなぁ😊 まっ、これも知らない道・長距離 N.G ですが()
    風もなく、もう少しだけ暖かくなったら私でも自転車楽しいと思えますかねぇ😞
     ブログで自転車の詩が読めるのを楽しみにしています今のブログの中でも、 結構『詩』を思わせる箇所がある様な気もしますが…」

 以上がメールの全文。国語を教えていた(?)元教員が、添削なしで全文引用するということは、出色の名文。メールの最後に、自転車の詩の件(くだり)があるのは、私が国語の授業でいつも詩を創るという課題を出していて、自分も自作の詩を披露していたからだと思う。
 自転車に乗る、あるいは自転車にまつわる逸話を書いていて、それを目にとめてくれた人が、自分も自転車に乗ってみようと思い立ったというのは嬉しいことである。
 「教え子」というのは、卒業したのちも動向を気にかけてくれていて、ときおり声をかけてくれる。これも嬉しいことである。

 退職の直前、勤務していた学校の全校公開日に最後の授業をした。校長が公開で授業をするのは珍しい。多く人が授業を観に来てくれた。今では生徒の親になっている「教え子」が何人かいた。口コミで広がったのか、最後の授業には、学校には関係のない「教え子」まで、保護者に混じって大勢来てくれた。教室に入りきれない人が廊下にあふれた。最後の授業の出来はともかく、昔の生徒も授業を受けてくれた。嬉しいけれど、授業をするのはこれが最後かと思うとさみしくもあった。


無造作に置かれている自転車(実用車=ママチャリ)
意識して乗ってみると意外に楽しい        
どこにでも駐輪できて、便利なことは天下一品    
                     
最近は、サドルを上げて乗っている人をよく見かける。高校生に多い
 スマホ片手の運転と右側通行はやめた方がいい                  
泥除けをはずす、サドルを好みのものに替え高さを調整  
    チェーンとタイヤの空気圧、それにブレーキの調整        
     それなりに姿も良くなり軽快に走る                
クロスバイクと並べても、一緒に走っても遜色ない    
「教え子」の話題が出たので、私が初めて教員になったころの生徒たちをご紹介        
もう、だれがだれか判らないくらいの年齢になったので、公開しても大丈夫?        
  今から43年前? ブログを見てメールしてくれた人もこの中に…。                          




















2020年4月5日日曜日

春の小川


  春の小川は、さらさら行くよ。
  岸のすみれや、れんげの花に、
  すがたやさしく、色うつくしく
  咲けよ咲けよと、ささやきながら。

  春の小川は、さらさら行くよ。
  えびやめだかや、小鮒の群れに、
  今日も一日ひなたでおよぎ、
  遊べ遊べと、ささやきながら。

 この歌のイメージを共有できる人が、少なくなってきているのではないだろうか。
 小学校に通う道の横を小川が流れていた。春だけに限らず、四季を通して小川と一緒に登下校していたようなものである。川の中に魚がいるのを見ると、一旦は家に帰り、ランドセルを放り出して、網や釣竿を持って、その場所へ駆けつけた。小川の岸にある柳の木にカミキリムシがいるのを捕まえて帰ったこともある。黒い翅に白い斑点を散らしたカミキリムシは、害虫ではあるらしいが、私には優美で貴重な虫に思えた。

 歌の情景のとおり、春には小川の両側一面にれんげ畑が広がり、すみれの花が咲いていた。メダカをすくいに行ったこともある。手ぬぐいを広げてメダカをすくう。水の中で手ぬぐいを広げるのは小さな手では難しい。年上の子たちの真似をして、うまくメダカがすくえるようになるころには、自分も上級生になっていた。今では、そんなメダカに値段をつけて売っている。
 小川は、小学校を卒業すると遠い存在になった。中学生になるころには、もっと大きな川やため池に泳ぎに行ったり、釣りに行ったりするようになった。小川で遊ぶことはいつしか置き去りにされた。

 以来、50年以上も田んぼの中をさらさら流れる小川に気を留めることはなかった。その間に、水田に水をかける井水の整備が進んで、小川と呼べるような流れは少なくなった。小川らしきものも、ほとんどは両岸をコンクリートで固められている。水はさらさら流れず、さっと流れ過ぎてしまう。圃場整備が進んで、曲がりくねった小川が田んぼの間を流れているのを見ることは少なくなった。

 自転車でふらりと出かけて、気がつくと懐かしい風情のある小川のそばを走っている。岸には春の草花が咲き揃い、どこからかウグイスの鳴き声が聞こえる。やわらかい水がさらさらと流れている。小川に沿って走るのは何ともさわやかで気持ちがいい。水面の静かなため池に行きつくこともある。釣りをしたり泳いだりした記憶がよみがえる。懐古趣味ではないが、長い間自分の中で失われていた光景に再び出会えるのは嬉しい。自転車のおかげだ。
 今では、小川のほとりで遊ぶ子どもたちの姿を見かけることはない。
 今でも、子どものころの私や私の友だちは、昔の恰好のまま小川のまわりで遊びつづけている。


春の小川はさらさら行くよ          
  今日も一日ひなたで「走り」             
遊べ遊べとささやいている 


水ぬるみ、自転車の季節が到来する          

小川の流れにそって 春の陽ざしの中を走る      
  懐かしい光景がよみがえる              
中学生くらいになると小川を離れ、この川で遊んだ  
       夏休みには日がな一日、この川で泳いでいた          
   近くのため池へ鮒を釣りに行った           
  暑い季節は裸になって池に飛び込んだ      
  何が出てくるか分からないので怖かった     




2020年3月31日火曜日

馬と自転車



 私の住んでいる村には古くから伝わる祭りがある。猪名部(いなべ)神社の春の大祭。例年4月の第1土曜・日曜日には「上げ馬神事」が奉納される。馬に乗った若者(乗り子)が、境内にある坂を駆け上がる。200mほどの平坦な馬場で助走をつけた馬は、50mほどの坂を疾走する。斜度15%以上はある急坂の行く手には3mほどの垂直の土の壁が待ち構えている。その壁を飛び超えると、人馬は見事に神社の本殿前に駆け上がる。成功した数でその年の豊凶を占うが、成功率は半分がいいところある。失敗すると乗り子は馬もろともに、もんどりうって急坂を転落する。危険この上ない。

 大祭当日は4つの村から神社に集まった乗り子が上げ馬神事に挑む。初日に2回、2日目の本楽祭には1回、それぞれの乗り子が都合3回のトライアルを行う。練習なしのぶっつけ本番である。50余年も前に、私も乗り子に選ばれた。馬で坂に挑むのは本番の3回だけだが、騎乗の練習はもちろん行う。平坦な馬場で乗馬を教えられる。最近では、祭りの世話役が練習の際の安全対策や馬のケアに万全を尽くす。一カ月半ほどの練習期間中、乗り子は落馬に備えてヘルメット着用、エアバッグも装着する。

 私が馬に乗った当時は、かなり荒っぽい練習をした。練習初日、生まれて初めてまたがった馬の口を取ってもらい、500mほどある直線の馬場をゆっくり歩いてみる。歩く間に馬上で注意をきく。曰く、「鞍(木でできた和製の鞍)に座らず、鐙(あぶみ)の上に立つくらいがいい。足を踏ん張り気味にすれば、馬に振り落とされることはない。腹を蹴れば馬は走る。手綱(たづな)を引けば馬は止まる。」

 緊張してうわの空で注意をききながら馬場の端まで歩くと、そこで向きを変え「ええか?走らせるぞ」といって、突然馬が放される。そんなばかな。馬は走り出す。乗り子は生まれて初めての馬の上。走るも止まるも馬任せ。「向こうへ着いたら手綱を引いて止めろ」といわれても、自転車じゃあるまいし、ブレーキレバーを握れば止まるものではない。おまけに馬には馬の考えがある。馬は賢い。重いものを乗せて走りたくない。乗り手が下手と見抜いて振り落としにかかる。自転車より速いものに乗ったことがないのに、急に時速50㎞で走る乗り物を操るのは無理がある。何度も落馬を繰り返しながら、勘どころを覚えるほかない。

 若い頃の順応力は高いもので、祭り本番には何とか馬を乗りこなせるまでになる。ぶっつけ本番の上げ馬も何とか乗り切る。私と私の乗った馬は、祭りの2日間に1度だけ坂を上り切った。坂を駆け上がる感覚は、50年以上たった今も身体が記憶している。

 2日間の祭りが終わってしまうと、怖い思いをしたはずの騎乗が恋しくなる。馬に乗りたくて仕方がない。自転車にしか乗ったことのなかった者が、馬の速さを知ってしまうと病みつきになる。家の近所に馬を飼っている家があったので、そこの馬を借りて、田んぼ道で乗りまわした。鞍をつけるのは面倒なので、馬の背中に座布団を敷いて乗っていた。慣れてしまえば馬も自転車と同じ、身近な乗り物。手綱はハンドルにもブレーキにもなる。馬と呼吸が合ってくる。乗りまわした後は、借りた馬を返しに行くと「洗って、餌食わせとけよ」と言われたものである。馬を川へ連れていってきれいに洗い、厩(うまや)に連れ帰って飼い葉の準備をした。自転車に乗ったあと、掃除や注油をしておくのは、あのころに習った作法である。

 ※ 2020年は、コロナウィルス予防のため、猪名部神社春の大祭は休催


春の大祭「大社祭り」が行われる猪名部神社      
   大社祭りは例年4月第1土曜日・日曜日         
上げ馬神事の舞台になる坂      
  神事の直前に馬の足場を壁に作る   

  人馬一体となって壁を跳び越える           
  まわりで地域の青年たちが支える        
神社の境内めがけて壁を跳び越える馬と乗り子    
疾走する神馬と乗り子の武者姿           
    祭りも終盤になると、乗り子は華麗に馬を乗りこなしている
     
私が乗った年の記念写真 懐かしい友だちと一緒に撮影    
     左から、たっちゃん、しげっ君、かずちゃん、馬と乗り子(私)、  
       もう一人のたっちゃん、はるみっちゃん、けんちゃん
            
祭りが終わっても、馬には乗りつづけていたい   
 近所の馬を借りて、裸馬に裸足で乗っている私   
後方の錆びたトタン屋根の建物がこの馬の住処  
馬は自転車よりずっとケアが必要である     
  






2020年3月25日水曜日

仲間と走る


 いつの間にか、同好の士が集まるものである。自転車に乗る仲間ができてきた。メンバーは同じような年恰好で、今のところ四人。
 
 一人は、私が自転車に乗ることを勧めた。若い頃には一緒にオートバイに乗っていたこともある。初めて仕事に就いた職場が一緒で、何となく気が合った。学生時代にオートバイに乗っていたということで話が合って、一緒に250㏄のオートバイを手に入れた。ツーリングに何度か出かけた。小さなオートバイでは物足りなくなって、二人同時に大型のオートバイに買い替えた。
 
 仕事が忙しくなるにつれて、一緒にオートバイで出かけることもなくなり、いつしか二人ともオートバイを手放した。最近になって、また何かを一緒に始めようということになった。私が自転車に乗り始めていたので誘ってみた。40年も前からオートバイには一緒に乗っていたので、自転車で走ってもすぐに息が合う。いい仲間と再会した。 
 
 二人で乗るようになって、近場を一緒に走っているときに、かなり前から自転車に乗っているという知人と行き合った。長い間自転車に乗っていないが、一緒に走っても良いかという申し出を、ためらうことなく受け入れた。3人目の仲間ができた。中学・高校時代の同級生で、最近自転車を手に入れて乗り始めたという友人がいる。3人で走り始めたら、一緒に走るのが面白いので、その友人にも声をかけた。4人目の仲間に加わった。
 
 趣味とまで呼べるのかどうか、同じ嗜好を持つ者が集まると、グループに名前をつけてみたり、会則を作ってみたりして、判り易いアイデンティティを欲しがる。我々のグループには名前もなければ、ルールもない。天気の好い日に集まって、その日に走るコースを決める。コースの変更は自由自在。愛用の自転車は多種多様。入門用のクロスバイクに乗っている者もいれば、かなり高価なロードバイクの持ち主もいる。バイクが違えば、コースの選び方やペース配分も違うはずなのに、一緒に走っていても違和感はない。乗ることに関しても、整備や手入れをすることについても、専門的な知識はほとんどない。あるのは年寄りの知恵くらい。それぞれのメンバーが自己流を通している。

 自転車好きの子どもが集まって、喜んで自転車をいじったり、乗り回したりしているのと変わりない。無邪気な年寄りの集まりをつないでいるのが、自転車というシンプルな乗り物だからいいのだろう。仲間と走る様子も、今後はおいおい紹介してみたい。



一緒に走るようになった友だち二人         
   写真は、愛知県祖父江町で撮影                
    毎年11月の下旬には町一帯がイチョウで金色に染まる
中学・高校の同級生だった友だちと私(右)
オートバイ仲間だった友だちと私(右)     
もう一人仲間がいるが、只今、ちょっと欠席つづき
そのうち、また、一緒に走る予定        
一緒に走っていたころの          
友だちのオートバイ HONDA VT250F(右)
私のオートバイ SUZUKI GSX250E 

オートバイで一緒に走っていたころの友だち
   当然のことながら、若い!!            
      
オートバイで走っていたころの私                         
私も、同じように若い!!                         





2020年3月19日木曜日

自転車で鍛える


 若い頃ならいざ知らず、この歳になって身体を鍛えようとは思わない。鉄を鍛えるには熱いうち打てというが、もう若くも熱くもないので、鍛えようがないかもしれない。
 
 自転車に乗っていると人にいうと、健康のためか、ブームだからか、あるいは、日野正平が乗っているからか、などときかれる。ところが本人は、面白いから乗っているだけで、健康のために乗るわけでもなければ、ブームに乗ったつもりもない。我が家ではBS放送が見られないので、日野正平の『こころ旅』という番組も人にきくまで知らなかった。YouTubeにアップされている『こころ旅』の総集編を観た程度である。この番組はうまく編集されていて、自転車が国内の各地を訪ねるのに最適な交通手段であることはよく解る。いずれにしても、初めてスポーツ自転車に乗ったときに、これは面白いと思ったので、乗りつづけているだけである。

 丹羽隆志、中村博司共著『大人のための自転車入門』日本経済新聞社発行という本には、自転車に乗ることの効能について詳しい記述がある。自転車に乗り初めたころには大いに参考にさせてもらった。目次の一部を引用すると、
  自転車と健康
  ・健康寿命を延ばし、生活の質を向上させよう
  ・生活習慣病の予防
  ・エアロビクス効果
   〈コラム〉有酸素運動効果の高い自転車運動
  ・関節にやさしい運動 などなど

 項目だけでも内容の察しがつく。自転車に乗るというスポーツがいかに健康増進に有益か。身体に負担をかけずに筋力が鍛えられか。他の運動と比較して、エビデンスを示しながら縷々解かれている。他の項では、自転車の選び方から整備の仕方、乗り方の基本まで、懇切丁寧に書かれている。なるほどと思い、何度も読み返した箇所もある。
 
 ところが、天気の佳い日は毎日のように自転車に乗っていると、本に書かれていることなどは気に留めなくなる。自転車に乗ることを楽しめればいいのである。目標を決めた途端に乗ることが面白くなくなる気がする。身体が強くなることは結果としてはあるのかもしれない。ないかもしれない。
 
 人間だけが、さぁ今から運動するぞと気合を入れて身体を動かし始めるらしい。他の人と競い合って、走ったり跳んだりしたくなるようだ。ライオンが狩りに備えて100mのダッシュを何本も繰り返し、トラや豹とタイムを競うことはない。鳥が飛翔距離や速度を仲間と較べることもないはずだ。アフリカ象やインド象がダイエットする話もきかない。私も、身体を鍛えるとか、健康増進のためダイエットのためという目標はなし。乗りたいから乗る、楽しいから走る。はな歌まじり。
 
 毎日、飽きずに懲りずに走ろうと思えることが、身心ともに鍛えられているということかもしれない。1日に走った距離くらいは知っておきたいが、心拍数を気にしたり、ケイデンス(ペダルをこぐ回数)を測ったり、小難しいことを考えて乗るのはご免こうむりたい。もちろん、いろんな乗り方、鍛え方をしている人があっていいとは思うけれど…。 


                のんびりと自分のペースで走り続ける           
                近場を走っていても放浪気分 行けるところまで行くか…          
ときには試し乗りや、乗り方の練習もするが…       
場所を選んで、実力に応じて… 楽しむだけです      
遠くまで来たなぁ、と感慨にふけりながら…      
自転車に乗ることの目的はなし、目的地もなし