’26.5.8 一期は夢よ

2025年5月3日土曜日

衝撃に備える

  一時期、衝撃吸収バンパーというものが流行った。自動車の前後に大きくて頑丈なバンパーが取り付けられていた。衝突事故の衝撃をやわらげ、乗員を保護するためのものだ。流行というより北米の規制に合わせたものだったらしい。

 大きなバンパーの突起は歩行者保護を優先するために姿を消した。安全性を高める技術が進み、自動車のスタイルも良くなった。

 自転車の場合、衝突の衝撃を吸収する装置はない。走行中に路面から伝わる衝撃をやわらげる装置もない。マウンテンバイクには前のフォークにバネが使われるものもあるが、普通はない。

 自転車のハンドルを替えると判るが、材質によっては小さな衝撃を吸収してくれるので乗り心地がよい。長距離を乗ると疲労の度合いが違う。ハンドルを長くすればしなりが出て衝撃をいなしてくれるが、無闇に長ければいいというものでもない。危険が伴う。

 サドルを支えるシートポストもいいものは衝撃をやわらげ乗り心地がよくなる。形や材質が振動や衝撃の吸収に影響する。衝撃に備える装置がない自転車でも工夫のしどころはある。

 小さな衝撃はさておき、衝突事故のような大きな衝撃が加われば、自転車はひとたまりもない。正面からぶつかれば身体は前方へ投げ出される。側面から衝突すれば横へ吹っ飛ばされる。むき出しの身体が路面にたたきつけられる。考えたくもない。

 考えたくはないが、どんなに恐ろしいことか想像だけでもしておきたい。若いころなら、身体を丸めて転がり、大きな怪我を避けることができるかもしれない、が、老体では無理だ。安全運転に徹するしかない。

 日々のショッキングな出来事から受ける衝撃に耐える力も年齢とともに衰える。日常の出来事から受ける心の衝撃も、自転車に乗っていて受ける衝撃も予測と対策が要る。できればうまくいなすことを考えておきたい。

いつの間にか新しい季節が来ていたことに
衝撃を受けているといえばそれは本当だ

もうこの歳になれば
衝撃を受けることなどないといえば
それも本当だ


いくつになっても
どこまで行っても

知らないことがあって
知らないものがあって
初めての出会いという
衝撃にも出会うはずだ

とはいえ積み重ねてきた衝撃には
うんざりしているところもあるのだ




2025年4月26日土曜日

ほんの些細なことなのに

  あまりこだわらなくてもいいようなことが、つい気になってしまう。年齢とともに感覚も身体の動きも鈍くなって、よくいえば鈍感力が身について、おおらかになれるはずなのに、まだまだその境地ではなさそうだ。

 先日、自転車のクランクと前3枚のギアを交換した。見た目は綺麗になり、イメージ通りに仕上がった。変速にも支障はない。支障はないが、チェーンの掛け替えがぎくしゃくする。

 一番高速側や低速側のギアを選択すると小さな異音が発生するのも気になる。チェーンと変速機(ディレーラー)のプレートがわずかに干渉している。気にしなければ聴き取れない程度の小さな音だ。走りに支障があるわけでもない、けれど気になる。

 そもそも、見た目を重視して、純正の規格と違うギアをつけたのが問題なのはわかっている。これまで使っていたギアは、前が3枚、後ろが8枚。8速用のチェーンを使う。

 交換した新しい3枚のギアは9速用のチェーンを使うもので、ギアの厚みが0.2m薄い。後ろのギアはそのままなので8速用のチェーンを使うが、交換した前のギアには全幅が0.6㎜ほど狭い9速用のチェーンの方がいい。

 ギアの歯数も違う。これまで3枚の歯数が483828だったものが、483626になった。わずかな歯数の差だが、小さいギアから大きいギアに掛け変えるときにこの差がストレスになる。出来れば前の変速機をキャパの大きいものに換えたいところだ。

 わずかな寸法の違いである。8速用と9速用のギアは厚みが0.2㎜、使うチェーンの幅は0.6㎜違う。無理を承知で交換したのだから多少の不具合は仕方がない。と思いながら、変速機のプレートの位置を内側と外側で細かく調整する。ワイヤーの張り具合も試してみる。

0.1㎜単位のこだわり。幸い老眼鏡はいらない。細かい調整は苦にならないが、ほんの些細なことを気にしている自分が笑える。

ほんの些細なことなのに
こだわりだしたらきりがない

風がはこんできた噂

街で出会った昔の知人

映画の中のワンシーン

ほんの些細なことなので
忘れてしまえばそれきりなのに

何故だか何度もふりかえる

2025年4月19日土曜日

自転車部品の交換事情

  タイヤ、チェーン、消耗は遅いがギアや車軸なども走行距離が長くなれば擦り減る。擦り減ったり何かの衝撃で壊れたりした部品は交換する。他にも部品を交換する理由がある。見た目、である。

 部品を交換すれば自転車が美しく見える、お気に入りのスタイルに変わる。いわゆるカスタム。見た目がよくなれば乗り心地も変わる。気分が乗り心地をよくしてくれる。

 13年乗ったクロスバイクは、昨年、ハンドル周りの部品を交換した。ハンドルの形や材質を見なおす。アルミ合金の削り出しのハンドルは形もさることながら美しさに惚れる。

 サドルを支えるシートポストも質感や光沢を考えてアルミの削り出しのものに変えた。ハンドルとシートの位置を改めて調整したし、部品の材質が柔らかになったせいか、乗り心地もマイルドになった。老骨用、になった。

 ハンドルを換えたら、次に気になるのは、これもよく目立つクランクセットだ。前のギアとクランクの部分も美しい光沢のある、しかも軽いものに交換したい。しかし、古いクロスバイクの前3枚、後ろ8枚のギアに合うクランクセットで、これは綺麗だと思うようなものは、ない。知らないだけか。

 東京のBLUE LUGというバイクショップが自社製作しているXMC triple crank setという製品を見つけたが売り切れて在庫がない。長らく欠品中になっていた。先日やっと入荷したので早速注文して手に入れた。

 見た目、よし。材質、満足。ではあるが、実は古いクロスバイクのクランクセットと規格が少し違う。3枚あるギアの歯数がそれぞれ2個少ない。しかも9速チェーン用で私のクロスバイクは8速用チェーンを使っている。

 多少の規格違いは変速機の調整で何とかなるという無謀な考えで取り換えた。結果は吉、変速に支障はない。動きは快調、見栄えも大化けした。クランクギアの歯数が少なくなって、少し踏力が軽くなるというおまけつき。老骨用自転車にまた近づいた。部品選びは見た目も大事。

規格があるから選ばれて

規格があるので外される

規格があるのは安心で

規格があるのが心配だ

品格本格適格合格
資格別格失格破格
規格に合わせることよりも
やりたいようにやることだ



2025年4月12日土曜日

自転車の図鑑

 図書館の児童書コーナーで、孫に『学研のまんがひみつ文庫』を教えてもらったことは前回書いた。文庫シリーズの中に『自転車のひみつ』はなかったが、同じ書架で森下昌市郎著、自転車文化センター監修の『ずかん自転車』(2023)を見つけた。

 面白そうなので借りて帰った。児童書を自分のために借りたのは初めてである。新しい図鑑なので内容が斬新、大人の自転車乗りでも読みごたえ十分だ。自転車の歴史、自転車のしくみ、現代の自転車、自転車競技の世界、自転車をもっと楽しむという5つの章に分けて写真や図をふんだんに使って解説されている。

 使われている自転車の資料が、トレック、コルナゴ、それにジャイアントなどの最新モデルだ。ブリヂストンの電動自転車あり、シマノの変速機あり、更には、パナレーサーのグラベルキングといった新しいタイヤまで紹介されている。

 トマス・スティーブンスが1884年に出発した自転車世界一周旅行の興味深いコラムがある。世界一周の途中、1886年には日本国内を長崎から横浜まで走ったとある。その影響を受けてか、中村春吉が1902年から世界一周の自転車旅をしたことも紹介されている。初耳で、深堀してみたくなる話だ。

 これまでに何冊か自転車のことを書かれた本を読んだ。自転車購入の手引き書のようなものから、整備マニュアル、勿論、自転車旅行記も読んだ。『ずかん自転車』は、自転車関連本の広範な内容を一冊にまとめている。しかも簡単明瞭、わかりやすいことに驚かされる。

 「自転車をもっと楽しむ」という最終章に、自転車のメンテナンスを取り上げてあるところが心にくい。メンテナンスを自転車の楽しみのひとつに数えるようになれば立派な自転車愛好家である。大人が読んでも目からうろこの落ちる一冊、児童向け図書、おそるべし


去年の桜
今年の桜

千年前の桜
千年後の桜

同じ場所に
同じときに
咲きながら

咲き方を変えて
見せ方を変えて

来年も春が来ることを
しっかり約束している









2025年4月5日土曜日

町の図書館にて

  春休みの1日、小学3年生になる孫が遊びに来ていた。親は仕事なので、春休み中は終日学童保育所でお世話になっている。保育所を休んでばあさんとじいさんの家に来れば気儘に過ごせるが、友だちがいないので退屈そうでもある。

 彼と一緒に近くにある町の図書館へ行ってみた。学校の図書室で人気の本だといって『学研のまんがひみつ文庫』を教えてくれた。企業や各種団体が協賛(タイアップ)して作られたまんがシリーズで非売品である。小学校の全学年対象の内容で、全国の公共図書館や小学校の図書室に無償配布されているらしい。

 シリーズ第1巻は日本マクドナルドが協賛した『ハンバーガーのひみつ』。最新刊の第218巻は『馬のトレーナーのひみつ』(日本調教師会)、第219巻『気象情報のひみつ』(日本気象協会)など、内容は変化に富んでいる。

 『自転車のひみつ』がないかと探すのは当然の成り行きである。未来の車(トヨタ自動車)や電気で走るクルマ(三菱自動車)はあっても、自転車関連のものが見当たらない。

 「自転車」の文字を背表紙に見つけたら、第49巻『自転車駐車場のひみつ』だった。財団法人自転車駐車場整備センターが資料を提供している。自転車の駐車場整備センターという公益財団があることを知るだけで面白い。『工具のひみつ』は工具メーカーのTONE、『八ッ橋のひみつ』はもちろん株式会社聖護院八ッ橋総本店が資料提供者だ。子どもの興味を満たそうとするテーマがシュールだ。

 今のところ、孫は自転車にあまり興味がない。小学校へ入学したときに、解体屋で1,000円で買った自転車を新品のように組み直したので、喜んで乗ってはいるが、いまひとつ食いつきがよくない。図書館の本にふれ、ものごとのひみつをのぞき関心を深め、いずれ自転車にも目覚めてくれると嬉しいが、今は何も言わないことにした。この日、彼は『まんがひみつ文庫』は選ばず、『ざんねんないきもの事典』3巻を借りて帰った。

梅の花のひみつ

桜の花のひみつ

図書館の書架を抜け出して
青空の下へひろがる
ひみつの連鎖

自転車のひみつをさがす

ひみつを解き明かすために
走りつづける




2025年3月29日土曜日

春に浮かれて

  春は別れる。送って、送られて、学校でも仕事場でも別れる。卒業生を送る。級友と別れる。退職する人や人事異動になる人たちを送る。自分が送られたこともある。 

 春は出会う。迎えて、迎えられて、学校でも仕事場でも出会う。新入生を迎える。新しいクラスメートに出会う。先生に出会う。新入社員が着任し、新しい同僚にも出会う。自分が迎えられる春もあった。

 別れるさみしさと、新しい出会いへの緊張と不安、期待。教員という職業を選んだので仕事場も学校だった。学生時代と同じ気分で春を迎えていた。50年以上も、春は人に別れ、春は人と出会ってきた。

 学校を卒業して、仕事もしなくなって10年ちかくになる。別れや出会いと無縁の春がつづいている。春の別れがさみしいよりも、春の別れがないことがさみしい。出会いがないのはもっとさみしい、はずではあるがそうでもない。

 春に浮かれて、自転車に乗り出す。春の別れや出会いの喪失感は年々薄れる。先週は、またまた椿大社まで走った。走行会の仲間にそのことをメールする。「またかぁ」とか「椿さん好きやなぁ」という返信があるが、行き先はどこでもいいのだ。

 冬の間、自転車で走り出す前には身繕いが要った。ダウンジャケットに手袋、厚手のソックス。ヘルメットに重ねて帽子。マスクに耳当て。

 あたたかくなれば、それがいらない。着の身気のままで外へ飛び出す。自転車のペダルは軽く、乗り心地まで柔らかくなった気がする。気の早いウグイスやヒバリの鳴き声、梅の開花、桜の幹の色づき。道端の土筆、水仙。

 学校を卒業し、仕事を辞し、春に浮かれる気分までなくなるのではないかと心配していた。杞憂だった。大丈夫、春の気分の大転換。自転車が新しい春との出会い方を教えてくれている。

いつ春をむかえればいいのか
決まっているわけではない

どこで春をむかえればいいのか
だれかが決めたわけではない

どうやって春をむかえたらいいか
マニュアルがあるわけでもない

花が咲けば春
風が吹けば春
くしゃみをしても春

別れを忘れ
出会いも忘れて
春に浮かれている

2025年3月22日土曜日

文系とか理系とか

  「英国の著述家CP・スノーは『文系と理系』の分断を指摘した(略)。西欧社会が『文化的知識人』と『科学者』の二極に別れつつあり、互いに理解しようとしないと嘆いた。前者は熱力学の基礎を知らず、後者はシェークルピア作品を読まないと述べて論争になった(略)。

 日本でも『文系・理系の壁』が言われて久しい。特に不合理を感じるのは、大学受験に合わせたコース分けだ。多くは高2からクラスが分かれるため、高1で岐路に立たされる。自分がどの分野に向くのかが明確な16歳は少ないだろう(略)」これは、大学入学共通テスト当日の朝日新聞「天声人語」からの抜粋である。

 教員時代、中学の技術・家庭科という教科を担当した。電気、機械、栽培、木材加工と金属加工。科学的な分野の基礎を学び、実際に簡単な製品の加工や製造もする。中学生が学ぶことなので、ごく基本的な範疇に限られる。ただし、知識や技能だけに終わらず、科学が生活を豊かにしている理由や、生活の質についても考える。

 文系と理系を統合するような教科だと思っているが、週に3時間あった授業時数が今では週1時間に削られた。3年生に至っては週に0.5時間である。文系と理系を統合する教科が軽視されるのは残念だ。

 「文系・理系の壁」を越えるためには自転車に乗ってみるとよい。自転車を漕ぎだす。空気、温度、風の香り。肌感覚、身体の動き。季節の移り変わり。五感で感じることを自分のことばに翻訳する。ことばで表現してみる。文学の世界だ。

 自転車の調子をうかがう。脚から車輪へ力が伝わる。加速する、曲がる、止まる。ギアを選び変速する。バランスを取る。ブレーキをかける。物理に支えられた科学の世界だ。        

 文系に限らず、理系に閉じこもらず、自転車はその両方の世界を広げてくれる。

今日春が来たと私が決めた
気象学がそれを証明する

随分遠くまで来てしまったと後悔した
地形学がそれに立証する

ギア比の公式を物理学が証明する
同心円の結束の美しさ

機械力学が力の向きと強さを変える
きっと魔法使いの仕業にちがいない

文系とか理系とか
境目もなくこだわりもなく
自転車に乗っている